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「子どもたちと関わる場で」


 子どもたちと関わる場では、小さな喜びに出会うことがあります。

 ある春の日の朝、リトミックの3歳児クラスでのことです。「前に出てやってみたい人はいますか」、という問いかけに、クラス全員の手が上がりました。一人ずつ指名したところ、「忘れた!」という子どもが続出です。クラスのほとんどの子どもがそうだったかもしれません。実は、よくある出来事です。できる、できない、そんなことはお構いなしです。発達の視点から見れば、「幼さ」の表れと言えるのかもしれません。それでも、「子どもの前に向かう力ってすばらしい」、そう思うひとコマです。
 ある秋の日の午後、4歳のアキラくん(仮名)とタスクくん(仮名)は、1つしかない楽器を前に、ふくれた顔でにらみ合っています。どちらが先に楽器を使うか、なかなか決まらないようです。このところ、2人は主張がぶつかり合い、小さな衝突が絶えません。ここ2、3カ月は、ずっとこのような調子です。しばらくは2人に任せていたのですが、とうとう待ち切れず、「じゃんけんで・・・」と言いかけたその時です。「先に使っていいよ」とアキラくん。「ありがとう」とタスクくん。何の前触れもなく、突然、自分の気持ちに折り合いをつけて友だちに譲ることができたのです。「口出しをしなくてよかった」、と思うと同時に、そのような瞬間に立ち会うことができたことをとてもうれしく思いました。

 
 さて、私の専門はリトミックです。スイスの作曲家・音楽教育家であるエミール・ジャック=ダルクローズ(Jaques-Dalcroze, Emile 1865-1950)は、より深い音楽理解と表現のため、教育の方法に身体運動を取り入れ、リトミックとして体系化しました。当初は、音楽教育として創案されたリトミックですが、次第に音楽的能力の涵養にとどまらない、広く子どもの発達に寄与する総合的な教育として発展していきます。
 ジャック=ダルクローズは、著作の中で、次のような表現で教育を語っています。「少年期の初期は即興、即ち自発的な創造の時期である。教師の仕事は子供が可能な限り多くの豊かな感情を持てるように見守ることである 1」。この「多くの豊かな感情」とは、おそらく正の感情だけでなく、負の感情をも含むものでしょう。そして、「見守ること」には、「待つ」という行為が含まれているのではないでしょうか。「待つ」という言葉には、「来るはずの物事を迎えようとして時をすごす 2 」、という意味があるからです。子どもたちの生来の力が現れ出てくるはずだ、と考えてその出現を待ち、見守るのです。
 また、ジャック=ダルクローズは、「喜びがすべての刺戟の中で最も強いものである 3」、とも述べています。これは、子どもの教育に関する文脈の中で語られた言葉ですが、子どもの力の発露に出会えたとき、実は、私たち大人の方が「喜び」という刺激を受けて、明日に向かうことができているのだと思っています。

《引用文献》
1 J=ダルクローズ著、『リトミック・芸術と教育』、全音楽譜出版、1986、pp.75-76
2 広辞苑第六版
3 前掲書、J=ダルクローズ著、p.85