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学齢期シンドローム


学齢期シンドローム スポーツ科学部/教授 和田雅史

※職位や内容は投稿時のものです。

2022年2月28日更新

 1990年頃から「最近の子どもたちの身体がどうもおかしい」と子どもを診る医師たちが言い始め、学校関係者を中心に全国調査が始まりました。当時「脊柱側湾症」、「アトピー性皮膚炎」、「近視」、「齲歯(うし)」などの疾患を持つ子どもたちの増加が問題視されていました。これらの身体の異常やおかしさは社会的背景をもって現れてきた病気や症状で、心身ともに成長過程にある小中学生に顕著に現れているところから、 “学齢期シンドローム”という言葉で呼ばれ、当時のマスメディアがこぞってこの問題を取り上げました。学校現場でも保健室を訪れる子どもの実態調査が始まると、「胸郭異常」、「不定愁訴」、「起立性調節障害」、「咀嚼力の低下」、「眼球や顔を傷つけたり、顔面から転ぶ」、「体温低下」、「眼軸が伸びたための視力の異常」など、様々な子どもたちの身体の異常やおかしさの実態が分かってきました。私自身もこれらの調査に加わり、子どもの健康と学校保健という立場から研究を続けてきましたので、最近の子どもの健康課題を一つ紹介してみたいと思います。

 少し前までは3人に1人といわれていたアレルギー性疾患を持つ子どもの割合は、現在では2人に1人の時代に入ったといわれています。私たちの全国調査でも、小中高校を通じて最も顕著になっている身体の異常にアレルギーがあります。食物アレルギー、植物アレルギー、化学物質アレルギーなどその原因物質(アレルゲンまたは抗原と呼んでいます)である種類は異なっていても、これらのアレルゲンが身体に入ると免疫グロブリンE(IgE抗体)が過剰な免疫反応を起こすことをアレルギーと呼んでいます。学校におけるアレルギー症状で最も多いのはアレルギー性鼻炎ですが、最も深刻なのが食物アレルギーです。特に小中学校では学校給食がありますので、食物アレルギーを持つ子どもが誤食によって命を落とす危険性を孕んでいます。2012年12月に東京調布市の小学校で、5年生の女子児童が給食で出されたチジミに入っていた粉チーズを誤って食べた後、急性で重篤なアレルギー症状であるアナフィラキシー症状が出て亡くなったという事故がありました。本人も担任教員も家庭も毎日細心の注意を払いながらもこのような事故は後を絶ちません。この時、担任はアナフィラキシー症状を疑い、「エピペン打つか?」と児童に尋ねたそうです。児童は「打たないで!」と答えたので、担任教員は躊躇してしまったそうです。その後校長が来て直ぐにエピペンを打ったのですが、14分後に亡くなったそうです。今回の新型コロナワクチン接種でも副反応としてのアナフィラキシーで話題になりましたが、アナフィラキシー症状が出た際に、医療機関に委ねる前の初期対応として使用されるアドレナリン水溶液が含まれる自己注射のことをエピペンと呼んでいます。一刻一秒を争う中、症状が出た後に直ぐに打てば助かった可能性もあったということが、事故報告書では指摘されています。現在ではこれら多発する食物アレルギー事故を受けて、各地域で食物アレルギーへの講習会が開かれ、その中で教職員や保育士を対象とするエピペン講習も行われるようになり、多くの教員がエピペンの使い方を学ぶようになっています。日本では、注射は医師法によって医師の資格を持つ者だけが打つことを認められていますが、このエピペン注射については本人、保護者、教員が打っても医師法違反に問われることはありません。

 
 アレルギーの出現はアレルギー体質が作られることによって生まれます。アレルギー体質を生まない免疫細胞を持つことが重要かと思われますが、なかなか今日の生活様式の中ではそれが難しくなってきているといえます。学齢期シンドロームを研究する大阪の歯科医師は、自分たちの調査で「エスキモーやアフリカの子どもたちの歯は非常にきれいです。ところがそこに文明が入ってくると、途端に歯並びが悪くなり、虫歯が増えます」と指摘しています。私たちの生活が豊かになり、生活が快適に便利になっていくことにともなって、身体の“異常”や“おかしさ”を生み出していることに憂慮しなくてはならないと思います。