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富陽軒のお弁当


准教授 熊王康宏(経営工学、心理評価、マーケティング)

 最も敬愛している駅弁は、富士市の富陽軒が販売している「巻狩べんとう」である。
 「富陽軒」は、大正10年創業の老舗である。富士駅構内で営業を開始し、昭和28年に株式会社富陽軒を設立。昭和37年には富士宮駅構内で、昭和63年には新富士駅構内でそれぞれ営業を開始している。
 大正9年には、身延線が富士駅から身延駅まで開通し、翌年、石井煕(ひろし)氏が富士駅構内での営業認可を取得し、駅弁を含めた物品の販売を開始する。当時は、上等弁当35銭、いなりずし15銭であったようだ。昆布の入った酢飯の「いなりずし」は、風味のある駅弁として評価されていた。昭和4年には、20銭のちらし寿司弁当を販売している。食料が乏しかった戦中・戦後の販売品目は、みかん、わさび漬け、落花生、ゆで卵などである。中でも、落花生は、富士・富士宮市が土壌の水はけが良ことからも、その栽培に適しており、戦中・戦後に売られていたことも納得できる。「なます」という料理は、奈良時代までにさかのぼるようであるが、酢が用いられており、当時は「なましし(生猪)」といわれていたようである。この「なましし」が時を経ていく中で「なます」に変わっていったとも言われている。「なます」の中の人参は、いつからか猪肉の代用として用いられてきたのかもしれない。富士・富士宮市の地域では、昔からこの「なます」に落花生を砕いた粉末状のものを加えており、富士駅での販売からも、落花生は昔から特産品として位置づけられていたことがうかがえる。富士・富士宮の地域の人々が、旅行先で「なます」を食べたときに、「何故、落花生が入っていないのか。」と思うほど、落花生入りの「なます」は、食文化に浸透している。
 食品の官能ブランド商品として、「巻狩べんとう」は特に優れている。東海道新幹線新富士駅は、こだま号が停車し、のぞみ号、ひかり号通過のため、こだま号が数分間停車する駅である。その待ち時間、ホーム上の売店で購入できるが、こだま号に乗車し通過を待つ時間、あるいは、ホームでこだま号を待つ時間、のぞみ号、ひかり号の金切り声のような通過音をよく耳にする。金切り声の響く中で食べても、大人な料亭の味のような品のある「おいしさ」を感じられる弁当は、「巻狩べんとう」の他には、まず見られない。皆様にも、安心してお薦めできる逸品である。