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富士山とイニシエーション ~ゼミ生と富士登山に挑戦~


教授 浅羽 浩(教育課程、教科教育法、教員養成)

 本学の研究室棟から富士山の美しい姿を眺めることができます。

 今年は、ユネスコの世界文化遺産委員会が「信仰の対象と芸術の源泉」との名称で、富士山の世界文化遺産登録を決定した記念すべき年となりました。

 豊かな水を恵み、活火山として噴火を繰り返す富士山は、古くから信仰の対象として大切にされてきました。室町時代の「富士曼荼羅図」には、富士宮口から多くの修験道の道者や行者が登山する様子が描かれ、また、江戸時代の「富士山諸人参詣図」には、富士講に集う人々が信仰と物見遊山を兼ねて登山する様子が描かれています。噴火を富士の怒りと考えた人々は富士山を崇め鎮めるために神社を設けて祭りを行ってきました。また、八合目から上は、富士山本宮浅間大社の土地である神域で、富士山に登拝する人々は、富士の偉大な自然の中で神霊にまみえ心身を浄化することを願ってきました。

 近世期には、イニシエーション(成人儀礼)として、町や村の若者たちが伊勢詣や各地の霊山に登拝することが行われました。霊山に登ることを通して、死と再生を体感するとともに、若者同士一体感を深め大人に一歩近づいていくことが期待されました。

 今日、富士登山に出かける人々には、様々な動機があります。日本最高峰を制覇したいという人もいれば、人生において様々な苦難に遭遇し、自分自身を内省し、生まれ変わって、新しい自分と出会いたいとする深い願いを抱いた登山者もいます。

 今夏、私は専門ゼミ生たちと夏合宿の一環として、富士登山を計画しました。8人のゼミ生の中に富士登山の経験を有する富士市出身の学生がいました。彼は既に12回に及ぶ富士登山の経験を持ち、私たちは、彼から非常食、雨具、衣服、飲料水等について詳細にわたる助言を得て念入りに準備しました。ゼミ生の多くは、柔道や陸上競技で体を鍛えるなど、全体として運動に親しむ健康的な学生たちですが、体力を過信する若者ほど高山病により中途脱落する恐れがある、という彼の助言を踏まえ、ゆとりを持った登山計画を立てました。

 私たちは、二泊三日の合宿を計画し、まず、初日は、標高1100メートル付近にある静岡県立富士山ろく山の村に宿泊しました。教員を目指す学生が多いことから、将来、中・高校生等を引率し、集団宿泊研修の指導に当たることを想定し、木製品や竹細工の創作活動や野外炊飯を体験しました。学生たちは、食事の調理、清掃等終始自発的に行動し気持ちのよい研修となりました。

 翌日は、いよいよ富士登山です。山の村で用意して下さった握り飯をリュックに入れ、富士宮口新五合目において十分身体を慣らした上で登山を開始しました。20分~30分に一度休憩を取り、夕刻に予定通り九号目の山小屋に到着しました。満天の星空を堪能した後、早めに就寝し、翌朝は午前2時に起床、ヘッドライトを頼りに山頂をめざしました。午前4時過ぎ心配した中途離脱者もなく、全員が無事登頂し、富士山本宮浅間大社奥宮で参拝するとともに、御来光礼拝等感激の体験を共有しました。また、東には湘南海岸、西には三保の松原・日本平等を眺め、感慨に耽りました。そして、日本最高峰に登頂した達成感、成就感を深く味わいました。

 学生たちは、寝食を共にし、長時間にわたる登山の中で助け合い、一層絆を深めました。言いたいことを言いつつも互いに気遣いあう彼らを見ていると、ちょっとだけ大人になったようにも思います。私自身も、今回の富士登山を通して学生たちの素晴らしい力を再発見するとともに、生きる力をいただいたように思います。かつて、県内の多くの高等学校では、富士登山を学校行事としていました。大自然との出会い、自然の中での仲間との交流を通して豊かな感性を培うことは、とても意義深いものです。将来、そうした体験を生徒たちに提供できる教員として成長してほしいと願っています。