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「カイジ」と行動経済学


教授 丹羽由一 (企業経営、財務管理、国際金融、アジア経済、地域経済、公共政策)

 奇跡なんて望むな!「勝つ」ってことは…そんな神頼みなんかじゃなく…具体的な勝算の彼方にある…現実だ…!勝つべくして勝つ…!  (賭博破戒録カイジ 7巻)

 福本信行の劇画「カイジ」は多くの読者に支持されています。じつは私もハマった1人で、マンガ喫茶に通って全巻読破しました。なぜこの劇画に惹かれるのか?あのとがったアゴや異様に高い鼻はともかく、そこには生身の人間が描かれているからです。

 中心となるテーマはギャンブルですが、「どうしたら勝てるか」という命題を追求する姿からは、人間の本質が垣間見えます。人はいつもパーフェクトな決断をするわけではなく、むしろ説明のつかない選択をしてしまうことが多々あります。そしてこれは現実の為替取引や株式相場においても、同様の意思決定プロセスが働いているのです。

 近年注目されている「行動経済学」は、まさにこの点にメスを入れました。これまでの経済学がコンピュータのような「合理的な選択」を前提としてきたのに対し、人間ならではの感情にもとづく「不合理な選択」を考慮するもので、いわば「血の通った経済学」とも言えます。ストーリーの中からその一端をご紹介しましょう。
  1. 限定ジャンケンとゲーム理論
     カイジが最初に乗り込んだギャンブル船「エスポワール」で強いられたのは「限定ジャンケン」でした。各人がグー、チョキ、パーのカードをそれぞれ4枚ずつ(計12枚)持ち、制限時間内に誰かと12回の勝負(アイコも1回とカウントする)をして、かつ勝ち数を負け数以上にするゲームです。勝ち負けは胸に貼った星(最初に3個づつ配られる)のやりとりで数え、途中で星がなくなるか、最後に3個以上持っていないか、あるいは制限時間内に12回の勝負ができないと負けです。
     このゲームで、やみくもに勝負をしていくのはリスクが大きすぎます。負ければタコ部屋行きなので、どうしてもクリアしなければなりません。要は負けずに回数をこなしていけば良いわけで、極論すれば誰かと談合して12回ともアイコにする手もあります。ただ余った星は高額で買い取ってくれるので3個で満足せず、4個も5個も貯めようとする者もいます。だから談合してアイコを続けていっても最後に裏切られるおそれもあるのです。
     ここで思い浮かぶのがゲーム理論における「囚人のジレンマ」の話です。詳細は経営学の教科書に譲りますが、簡単に言えば「わが身かわいさの余り、結果的に不利な選択をしてしまう」プロセスのことです。しかし行動経済学では、このような場合でも競争者間における「目に見えぬ連帯意識」が機能し、別の解決策にたどりつくとされます。カイジもその通りなんとか切り抜けました。

  2. Eカードとプロスペクト理論
     カイジが高層ビル間の「電流鉄骨渡り」に成功したあと、利根川とサシの勝負をしたのが「Eカード」です。これは片方が皇帝1枚+市民4枚、もう一方が奴隷1枚+市民4枚のカードを持ち、1枚ずつジャンケンの要領で勝負していくゲームです。皇帝は市民に勝ち、市民は奴隷に勝ち、奴隷は皇帝に勝ちます。ちょっと考えればわかりますが、このゲームは奴隷側が圧倒的に不利です。勝つチャンスはただ一つ、相手が皇帝カードの時に奴隷カードを出すことで、それ以外のケースはすべて負けとなります。しかしここでも確率論を覆してカイジは勝ちます。それは相手が奴隷カードをおそれるあまり皇帝カードを最後まで温存し、結局皇帝vs.奴隷の勝負になってしまったからです。これはまさに行動経済学でいうところのプロスペクト理論「人間は利益の最大化より、損失の最小化を選好する」の結果です。

 このほか「地下チンチロリン」や「地雷ゲーム17歩」など、カイジは行動経済学のすぐれた研究材料です。誰か卒業研究テーマにしてみたら?