グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



ホーム >  リレーエッセイ >  万年筆と私

 

万年筆と私


講師 熊王康宏(経営工学、心理評価、マーケティング)

 大学生になった私は、万年筆を持って講義に出席しノートを取っていた。ペン先と紙の擦れる音、手に伝わる振動、インクの色など、どこか心地良く、様々なアイデアをもたらしてくれる道具の一つである。万年筆を使っている大学生の私を見て、大半の先生方は、「若いのに珍しい」、「感心だ」と驚いておられた。万年筆とともに過ごした大学・大学院では、感性工学に基づく商品の価値評価とその創造を研究してきた。感性工学の起源は、古代にまでさかのぼり、ギリシャの哲学者アリストテレスは、紀元前350年頃に、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚を区別し、伝統的な五感と定義した。この区別は、感性工学において十分とはいえないまでも、この時代で感覚を定義できたことは、非常に画期的であったといえる。

 大学院を修了し、食品会社に入った私は、数年後、あるプロジェクトを任された。達成後、私に贈られた記念品は、万年筆であった。日頃から私が万年筆をこよなく愛していた事を、会社の上層部は知っていたのかどうか定かではないが、何よりもこれまで努力してきた成果が認められて、非常に嬉しかった。博士号を取得するまでの間、この万年筆を使い続け、ペン先が壊れては銀座まで運び、修理してもらった。博士号取得後、恩師の一人から賜った記念品も、万年筆であった。博士号を取得したとしても、これから学ぶべきことはまだまだ多く、「少年老い易く学成り難し。」と、自分自身への戒めのように愛用している。

 食品とは無縁かと思われていた万年筆であるが、“ものづくり”の観点から考えれば、共通した事柄がある。両者には、それぞれが卓越した職人よって創られていることである。“もの”は、人の感性に依存している。感性工学・官能評価とした心理評価は、“ものづくり”の手法として、多くの製造現場でも活躍している。こうした職人志向のものを心理評価し、人が潜在意識の中でどのような情報モデルを構築しているのかを明らかにしてきた。そのための手法として、グラフィカルモデリングがある。グラフィカルモデリングは、偏相関係数を用いて探索し、潜在意識における複雑な関係を紐解くことができる次世代多変量解析と言われている。社会的問題であった2007年問題に対応すべく、商品開発のシステム化、技能伝承といった課題を心理評価により解決し、更に広告などの情報における効果とその役割を明らかにしてきた。

 感性に依存している“もの”であるが故に、食品と万年筆に共通している事柄は他にもある。それが、「熟成」である。酒類、食肉類などは、この熟成次第で味の“深み”、“コク”が変化するとされている。生ハムのようなものでも、熟成期間を長くすれば、味わい深いものとなる。万年筆も同様、ペンの中でインクを熟成させることで深い色になり、購入した色とは違うオリジナルの色になっている場合がある。

 「熟成」は、全ての“成長”に深く関係しているのであろう。