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風が吹けば桶屋が儲かる ―経済波及効果のはなし―


准教授 牧野 好洋(計量経済学、経済統計)

 皆さんは「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざを覚えていますか。このことわざは「ある事象は他の思わぬ事象を引き起こす」ことのたとえです。風が吹くと、それに起因した出来事が社会で次から次へと生じ、結果として桶屋が儲かるという話がもとになっています。
 経済活動、特に財・サービスの生産においても「風が吹く」と「桶屋が儲かる」ことがあります。
 例として乗用車の生産(四輪車の組み立て)を考えます。その仕組みを図1に示しました。乗用車の生産には車体、エンジン、ガラス、タイヤなどが必要です。車体を作るためにはめっきされた鋼材や様々な自動車部品などが、さらに前者を作るためには普通鋼材や電力などが必要です。

(出所)筆者作成

 このように様々な産業は原材料やエネルギー、部品の取引を通じてつながっています。このつながりを通じ、ある産業で生産量が増えると(=風が吹くと)、その産業が用いる原材料やエネルギー、部品の生産が増加、さらにそれらを生産するために用いる他の財・サービスの生産も活発化(=桶屋が儲かる)してゆきます。これを「経済波及効果」と言います。※1

 私たちの社会は複雑であるため、経済波及効果をそのまま求めることはできません。このようなとき、経済学では社会を簡単化した「経済モデル」を構築、模擬実験(シミュレーション)を行い、それを調べます。※2 経済波及効果を求める場合、「均衡産出高モデル」と言われる経済モデルを使用します。※3
 ここでは静岡県経済を対象に均衡産出高モデルを作り、「乗用車」生産の経済波及効果を計算しました。※4 表1は県内で乗用車の生産が1000億円増えたときの、県内各産業の生産額の変化を表します。

表1 乗用車の生産を1000億円増加させたときの経済波及効果

( 注 )本表は興味深い産業のみを抜粋してある。
(出所)静岡県「平成17年静岡県産業連関表」に基づき筆者算出。

 表1から乗用車の生産は県内で自動車部品・同付属品(車体やエンジン、ステアリング、ブレーキなど)、プラスチック製品(バンパーやダッシュボードなど)、タイヤ・チューブの生産を増加させることが分かります。また原材料や部品の輸送が多くなるため、道路貨物輸送サービスがより生産されるようになり、電力も必要になります。

 一方で、車体の生産に用いる銑鉄・粗鋼・鋼材等(鉄鋼)の生産はほとんど増加していません。静岡県は鉄鋼をほとんど生産しておらず、その多くを県外から調達しているからです。そのため車体の生産が増加しても、県内の製鉄業に経済波及効果はあまり生じず、多くは県外に流出します。

 また生産する財を「乗用車」から「トラック・バス・その他の自動車」や「二輪自動車」に変えると、経済波及効果も変わります。
 トラック・バス・その他の自動車は乗用車よりも自動車部品・同付属品やタイヤ・チューブの生産を増加させますが、乗用車ほど広告に影響をもたらしません。
 二輪自動車は乗用車ほど自動車部品・同付属品の生産を増加させませんが、こん包サービスにより大きな影響をもたらします。二輪自動車は乗用車などと異なり、輸出などの際、商品が傷まないように、また効率よく積めるようにこん包をするからです。

 今はこのような分析をパソコンで簡単に行えるようになりました。経済波及効果に興味がある皆さんは経済モデルを勉強し、インターネットで統計を入手、表計算ソフトを駆使して自分で計算するとよいですね。社会に「風」が吹いたとき、思わぬ産業が「桶屋」になるかもしれませんよ。

※1 より正確には、これは「原材料やエネルギー、部品の取引(中間取引)」を通じた経済波及効果です。このような効果以外にも、「様々な財・サービスの生産が増え、家計に追加的な所得が発生、それにより消費が活発化する」という効果などを考えることができます。ただし本稿では簡単化のため、中間取引を通じた経済波及効果のみを考えています。
※2 これは複雑な仕組みの「車」に興味を持つ子どもが、「プラモデル」を作り遊ぶ様子に似ています。複雑な仕組みの「経済活動」に興味を持つ私たちは、「経済モデル」を作りその関連性やメカニズムを学びます。
※3 均衡産出高モデルは「産業連関表」から導出されます。本来であれば、ここで産業連関表の見方や均衡産出高モデルの考え方を説明するところですが、紙面の都合上、それらを省略し、結果のみを示します。
※4 均衡産出高モデルは「比例モデル」です。そこでは「乗用車の生産量が2倍になったら、原材料やエネルギー、部品も2倍必要になる」と仮定して、経済波及効果を算出します。