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山ぎは白くなりゆく頃にあれこれ書く


准教授 佐藤 和美(管理会計 原価計算)

 私の研究は管理会計を主たる領域とし、会計の視点から経営の在り方や組織の効果的管理の可能性を探る内容です。今日のエッセイはそんなお堅いテーマは何処かに置いておきまして、近頃思うことを自然体に綴ってみます。テーマは二つ。ひとつは、以前「広報いわた」に掲載されたコラムをリメイクして。もうひとつは今回書いたもの。全国の若者たちへのメッセージです。

大人になること

「就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと君に言い訳したね」懐かしく思わずメロディーも出てくるほどに共感する「『いちご白書』をもう一度」の一節である。歌の中の「僕」は無精ヒゲと髪を伸ばし、学生集会にも時々出かける70年代初頭の学生。彼は学生から社会人になる変わり目に、髪を切るのである。

当世の学生はと眺めると、やはり髪に変化あり。就職活動の開始時期になると茶髪が黒に。つんつん立っていた髪が寝ているではないか。明らかに不慣れな装いには、背中をポン、やりましたねと声を掛けたくなる。それはさておき、なぜ彼らはそうするのか。少し重くて大きいテーマ、大人になることについて一考。

 大人の条件について考えるとさまざまな事柄が脳裏をよぎるが、大きく二つにまとめられよう。一つめは自立と自律。生きていくために精神的および物理的に自立すること。問題に対し自分の力で考え選択し、その責任を自分で負う。また、社会や自己の規範の中で感情や我欲をコントロールする力を備えるとともに、規範そのものを客観的に見る目を養い、創造する力を持つ。二つめは寛容と慈しみである。自分を含め他の人間、生物、事物、自然を愛し、支えることができる懐の大きさを持つ。 

 前述の学生たちの行動は、髪の長さや色の是非は別にして、これからの社会を支え作るのは自分たちだという自負と覚悟の現れだ。彼らが、自己を見つめ自分に正直に生きるとともに、社会経験を積み、挫折と失敗を繰り返しながら、確固たる大人になる道を、一歩一歩進むことを期待する。

 年齢を重ねてきた私自身も、何を隠そう未だ成長途上の半大人である。
 職場の女性

 「組織のしがらみにとらわれない、大胆な行動力」「ミッションを明確に伝え、チームの納得を得る」「大局的な視点、本質をとらえる力はトップリーダー並み」「意識は常に外向き。環境変化を逃さない」・・・美辞麗句でもこそばゆい。しかし現実に、組織内にこのような素晴らしい資質を備えているグループがあるらしい。果たして誰なのか。なんとそれは女性管理職だというのだ 。※1

 そういえば近年、会社に貢献する多くの女性管理職が雑誌に紹介され、生き生きとした姿で紙面をにぎわせている。時代の先駆けたる彼らだから秀でた資質を備えているのは当然かもしれないが、「やるじゃない」と他人事ながら嬉しい。それはさておき、職場の女子力について、一考。

 女性も頼もしくなってきたものだ。いえいえそうではない。当世に限らず昔から、農家に、商家に、あるいは宿屋や髪結いに、家庭の中でも頼もしい働きぶりの女性はいた。今、働きかたが変わったのだ。組織の中で女性が男性と同等に働く環境が少しずつ整ってきたのである。
多様な人材の活用(ダイバーシティ)が組織を進化させるように、女性の発想力やコミュニケーション力が組織を活性化させ、まとまりをもたらす。ただ、近年、女性管理職の登用が数値目標になる傾向があるが、登用の判断は平等な機会のもと、個人の人間力の評価でされるべき。大切なことは、男性であれ女性であれ(外国人も含めて)、共生することにより互いの強みと弱みを伸長し補完しながら、組織を発展させることにある。

 おっと忘れるところであった。前述の女性管理職の資質にはもうひとつ「自信は中程度。反論されるとストレスをためがち」を付け加えなければならない。どうも女性には、反論に対して自分の意見を主張する押しの一手が足りないらしい。調和を優先する女性らしさではあるが、弱みでもある。あなたの周りの女性は如何に。

※1『 日経EW2007/4号』58頁