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SHIZUOKAをつくっている人

静岡産業大学の卒業生は、いま、さまざまな分野で静岡の未来をつくっている。
そんな卒業生の現在をインタビューします。

地域経済を動かす企業の今を知る
生きた学びが刺激的でした。

経営学部 2008年3月卒業
しずおか焼津信用金庫

登﨑 勇介 さん
Tozaki Yusuke

高校の頃から地元志向で、進学するなら静岡県内の大学と決めていました。静岡産業大学を志望したのは、「面白そうなことをやっている大学」というイメージがあったからです。企業経営者の方の生の声を聞く冠講座や地域連携につながる活動が活発に行われていることは、地元での就職を希望していた私にとって魅力的でした。

在学中は、ゼミ活動を通して多くのことを学びました。学内での学びにとどまらず、地元の企業を訪問して実際に地域の企業が抱える課題についてケーススタディをしたり、東京証券取引所を見学させていただいたり、現場でしか味わえない生きた学びがとても刺激的でした。ゼミの先生との出会いが自分にとっての転機となり、将来に対するイメージを大きく広げることができたと実感しています。就職活動で、将来の方向性が定まらずに落ち込みがちだった私に、親身に応えてくださったのもゼミの先生です。インターンシップを勧めていただいた「しずおか焼津信用金庫(当時:しずおか信用金庫)」で、先輩社員の働く姿を見て、私も地域に密着し、地域に貢献する仕事がしたいと思い、当金庫を志望しました。

現在は、業務統括部の係長として新規取引のお客様に向けたさまざまな営業活動を行っています。入庫前はお金のイメージが強かった金融業ですが、実際に携わってみると、信用金庫は人や地域とのつながりが大きな仕事だと感じています。ものづくりの県とも言われる静岡で、私は多様な業種のお客様を担当していますが、静岡には温かく、誠実で、優しい人がとても多いように思います。そんな人の魅力があふれる街で、これからも幅広い年代、業種の地域のお客様の人生の伴走者となって、お客様が抱える課題やビジョンにきめ細かく寄り添っていきたいと考えています。

先進性と企画性に富んだ学びで、
将来、経営者になるための
視野を広げた4年間でした。

経営学部 2010年3月卒業
株式会社 エストリンクス
代表取締役社長

安藤 悟 さん
Ando Satoru

子どもの頃から新聞記者やインターネットを使ったビジネスに興味があり、いずれは両方の仕事を組み合わせて起業したいという想いがありました。大学3年の頃からWebに記事を執筆して広告収入を得るようになり、卒業後はフリーランスの記者として業界紙の取材なども経験しました。2011年の東日本大震災で将来の生き方を考え、時勢的に「テレワーク」という言葉が聞かれるようになったこともあり、2012年に一人で起業しました。

創業から2年程度で仕事が軌道に乗り、2014年には現在の会社に法人化。Webマーケティングを専門としてSEOやSNSを活用したコンテンツの企画から運用などを行っています。ずっと静岡で仕事をしていますが、クライアントは東京、静岡などさまざまで、ネット検索で声をかけていただくことが多いです。学生の頃からワークシェアリングの考え方に共感し、法人化する時には、静岡に雇用を生み出す会社にしたいという想いもありました。

私は、高校1年の時にひとり親の母を亡くし、卒業後はすぐに就職しようと考えていたのですが、担任の先生に「一人で生きていくのなら、大学に進学したほうが良い」と勧められ、大学進学を選びました。いつかは起業したいと思っていたので、進学するなら経営を学ぼうと思い、静岡産業大学を志望しました。学生時代は、ゼミの先生がグローバルな視点で世界の経営について教えてくださり、人生観が変わるほど充実した4年間を過ごすことができたと思います。

静岡産業大学は、先進性があり、企画性に富んださまざまな取り組みが魅力的な大学です。冠講座などを通して地域の経営者の方から話を聞くことができ、主体性を持って行動できる学生にはいろいろなチャンスがあふれています。卒業生の一人としても、今後さらにスケールの大きな教育と人材育成を期待しています。

静岡産業大学は、
教員、指導者になるための
大切なことを教えてくれた大学です。

経営学部 2012年3月卒業
静岡県立浜松北高等学校 教諭

山本 ほのか さん
Yamamoto Honoka

子どもの頃から続けてきたバレーボールの専門性を高め、指導者となって地域に貢献したいと思い、静岡産業大学に進学しました。教員を目指したのは、高校の部活の顧問の先生の影響も大きかったと思います。大学入学後は、新しい仲間とともにバレーボールに打ち込み、1年次にレギュラー選手として東海1部リーグへの出場も経験。選手引退後は、教職課程の勉強に力を入れて取り組み、密度の濃い学生生活を過ごすことができました。

バレーボールは、プレーヤー1人で成立するスポーツではありません。選手一人ひとりがチームの仲間に役立つプレーをして、その連携ができてこそ質の高いゲームにつながる競技です。自分1人の活躍ではなく、みんなの支えによって成り立つのは、社会も同じだと感じています。バレーボールを通して学んだチームワークの考え方は、社会人になった今も役立っています。

在学中は「スポーツ指導論」などの授業を通して、指導者としてスポーツに関わる際の知見を幅広く学びました。その学びを活かして、大学3年次から卒業までの2年間、近隣の高校のバレー部へ「部活動支援ボランティア」に行き、高校生にバレーボールの技術指導も行いました。年齢が近いこともあり、部員から部活動の悩みを聞いてメンタルサポートに携わり、生徒や選手へのアプローチを実践で学ぶことができました。教員になった今、一人ひとりの個性やコンディションをよく見て向き合う指導には、忍耐も必要だと感じています。学生時代のボランティア経験があったからこそ、冷静に気長に生徒の成長を待つことができているのだと思います。

私にとって、静岡産業大学は教員になるために大切なことを教えてくれた場所です。今後は、スポーツ科学の知識も学び、スポーツの普及と技術力の向上に貢献していきたいと考えています。

大学で身につけた自ら挑戦する力が、
警察官としての成長の原動力です。

情報学部※ 2015年3月卒業
静岡県警察 清水警察署

望月 真人 さん
Mochizuki Masato

商業高校で情報ビジネスを学んだこともあり、大学でもさらに幅広く情報について学びたいと思い、静岡産業大学を志望しました。静岡産業大学は、自由で明るく、新しい雰囲気が印象的で、オープンキャンパスに参加した時も体験授業がとても楽しかったことを覚えています。

在学中は、静岡県警察の「サイバー防犯ボランティア」に参加し、犯罪被害防止のための教育活動や広報啓発活動、サイバー空間の浄化活動に取り組みました。県内の高校の全校集会で、詐欺サイトやSNSによる犯罪被害のリスクについて話をするなど、活動全体を通して自ら行動し、挑戦することの大切さを学んで、人としても大きく成長することができたと実感しています。

当時、漠然と憧れていた警察官という職業についても現職の警察官から直接話を聞いたことで、将来、自分が目指す職業として明確に意識するようになりました。周囲の友人が就職活動を進めるなか、私は警察官採用試験に的を絞り、信念を貫くために試験対策に集中して取り組みました。念願の合格をいただいた時は本当に嬉しく、親身にサポートしてくださった先生には感謝の気持ちでいっぱいです。

現在は、清水警察署の地域課に所属し、管内のパトロールや交通指導取り締まり、不審者に対する職務質問、事件や事故の初動対応などを担当しています。警察官の職務にも、大学で身につけた「自ら挑戦する力」がつながっていると実感します。2017年には成田国際空港の警備隊に自ら志願し、千葉県警に出向しました。全国各地から集まった警察官と国際空港のテロやゲリラ活動の対策に従事し、警察官としての視野をさらに大きく広げることができたと思います。静岡産業大学でのさまざまな学びは、今の自分をつくる原動力になっていると確信しています。

※情報学部は2019年度から募集を停止しています。

スポーツとまちづくり。
その2つをキーワードに、第二の故郷、磐田に貢献。

経営学部 2014年3月卒業
磐田市役所

織田 智哉 さん
Oda Tomoya

大阪で育ち、将来はプロスポーツチームに関わる仕事がしたいと思い、日本中の大学を調べてスポーツマネジメントが学べる静岡産業大学に進学しました。高校時代はバスケットボール部に所属し、サッカー観戦にも夢中。学校では生徒会に携わり、当時から何かを運営したり、マネジメントしたりすることには興味があったと思います。プロサッカーチームがある磐田市には、スポーツを通して街全体が盛り上がっているという印象がありました。

私にとっての転機は、大学2年次から参加したJリーグとbjリーグのチームのインターンシップ。スポーツを支えるさまざまな人の役割を学んだ経験から、将来の方向性が定まっていきました。Jリーグのインターンシップでは、学生に指示を出す暇もないほど忙しく動き回るスタッフに食らいつき、自分の役割を掴んだことから、「仕事は自分でつくるもの」と実感。bjリーグのインターンシップでは、磐田市を盛り上げる活動を行っていた「若者いわたネットワーク」の人々と知り合い、次第に心が動かされていきました。学友会としてボランティアで関わった磐田市のイベント「軽トラ市」「いわたゆきまつり」では、SNSを通じた情報発信を任せてもらい、行政職に就けば、より広くスポーツとまちづくりに関われると気づきました。

現在、磐田市の広報広聴・シティプロモーション課に配属されて3年が経とうとしています。これまで「ラグビーワールドカップ2019」の取材やエコパスタジアムでの催し、ジュビロ磐田や磐田市出身の卓球選手に関する情報発信などを担当してきました。市の広報の立場から磐田市のスポーツを支えることができ、夢はかなったと実感しています。スポーツは地域とのつながりが強いコンテンツです。公務員だからこそできる領域で、スポーツと地域に関わる人と人をつなげ、 “第二のふるさと”磐田に貢献していきます。