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「文化資源と綱引き」


                    『文化資源と綱引き』

 夏に沖縄にいらっしゃれば、たいていのところで綱引きに出会います。運動会の綱引きとは様子がちがっています。男綱と女綱の2本の綱を一本につないで引き合うのです。綱は藁で毎年新しくつくるのですが、太さ70cm、長さ20mといった大きさです。そのうえ、綱の先は直径1mほどの輪になっていて、少し大きい女綱の輪に男綱の輪を入れ、出てきた男綱の輪の中にカヌチ棒と呼ばれる丸太を通し、二つの綱が離れないようにして引き合います。綱は太いので、手に持てるほどの小綱をたくさん綯い込んであり、地元の人達はこの小綱にとりついて引き合います。
 引き合うチームは昔から決まっていて、地元の東半分(男綱側)と西半分(女綱側)が対抗する形が多いです。話を聞いてみると、東のニライカナイから神様を西の人間世界にお迎えし、幸(ユー)を授けていただくお祭りですとおしえられます。西の女綱を男綱より長く造ったり、女綱が勝てば幸福になると言い伝えたり、西側勝利を演出するところも多く見られます。
 神さまからユーをいただく綱引き。地元の人たちが認識し、共有しているこうした情報をイーミックな情報と言います。フィールドワークの聞き取り調査では、その土地の人達が話してくれる内容を正確に記録することが重要です。他方、研究者はこれでOKという訳にはいきません。土地の人たちが気づいていない説明を「解釈」によって導き出す仕事が残っています。そうした研究者の情報をエティックな情報と言います。
 沖縄の綱引きは独特ですが、孤立しているわけではありません。男綱と女綱のドッキングという形でなく、男チームと女チームが一本の綱を引き合うといった綱引きなら、日本本土、韓国、南中国、東南アジアにも知られます。それも、新年の豊穣儀礼としておこなわれます。
 東アジアと東南アジアの綱引きに「性が対抗するイメージ」を与えた文化波として考えられるのは、20世紀前半のとりわけドイツ語圏の歴史民族学者がメソポタミアの古代文明に発見した天父地母聖婚観念です。新しい年が始まる時、天なる父と母なる大地とが交わり、そのことで大地は孕み、大地に生きる人、家畜、作物の豊かな状態を保証する。こうした文化がメソポタミアから世界に広がり、それぞれの土地の行事に宇宙論的性的要素を加えていきます。綱引きをおこなう沖縄の夏は、稲や粟の収穫を終えて秋の播種を待つ休農期にあたり、かつてはこの時期に新年を祝っていました。
 こうした研究者のエティックな情報が、近年、ツーリズムの方面から期待されるようになりました。
 文部科学省が2004年に出した報告書「文化資源の保存、活用及び創造を支える科学技術の振興」は、日本独特の文化の魅力的発信によってGDP・GNPを向上させることを謳ったもので、文化を「資源」として利用することを呼び掛けました。これまでの文化政策は伝統的な一部の「優れた文化」を選び、その保存につとめたものでしたが、対象を日常の衣食住や祭りや遊び(つまり文化人類学でいう最広義の文化)まで広げ、その掘り起しと積極的活用を訴えています。背景に観光立国論があります。
 文化はただ在るだけでは資源の役に立ちません。情報の付加価値が必要です。上述の沖縄綱引きなら、これが沖縄独自の「ユー文化」であるばかりか天父地母聖婚観念文化でもあるといった情報です。そしてここには、沖縄文化の独自性と「世界との共通性」が表現されています。
 観光アピールに有用な「日本固有」や「日本独特」といった表現は時にエスノセントリズム(自民族中心主義)を醸成します。我々が日本独自と思っているものも、たいていは寿司のように遠い昔に外から入ってきて、その後、日本的に変容したものです。研究者の通文化的エティック情報は、外と内の共生共存の視点を準備します。

   特任教授 寒川恒夫(スポーツ人類学、スポーツ文化論、スポーツの歴史と文化)