梟が飛び立つその前に

※職位や内容は投稿時のものです
2026年9月15日更新
この4月から、本学の経営研究センター長を仰せつかった。肩書だけを見ると、なんだか一端の大学教員、研究者になったようだが、自分自身は研究者へのコースをストレートに歩んだわけでも、(民間企業のサラリーマン経験者とはいえ)実務経験者としての華々しい成功を基に転身を図ったというわけでもない。
振り返ってみると、プライドと反抗心だけは誰よりも強く、そのくせ無気力で投げやりだった少年・青年期の自分にとって転機となったのは、何とか現役で滑り込んだ大学で、K先生が指導する労働経済学のゼミに入ったことだろう。
大学卒業後、複数の事業会社で人事を経験しながら、大学院で労働経済学、人的資源管理論を専攻し、現在は大学で人的資源管理論を教えているのだから、外的キャリア、内的キャリアの両面において、K先生と労働経済学との出会いが大きな影響を与えたことは間違いない。
また、いわゆる制度派の労働経済学、労使関係論の基礎を学んだことが、その後の研究手法だけでなく、政治や社会を含むものの見方全般に影響したような気がする。
とはいえ、ゼミに入るなり改心して優等生になったという訳ではない。たしかにゼミ(だけ?)は一度も休まずに参加したし、ゼミ長も務めたが、女の子に振られたショックでゼミ合宿で粗相をして、先生に大目玉を食らったことや、社会全体が大学生に寛容だったあの頃の「大学生のノリ」で色々とおふざけが過ぎて、注意を受けたことも度々だった(具体的にはとても書けない)。
大学卒業後も手を焼かせた。数年間の社会人生活の後、大学院進学を思い立ったが、当然どうすればいいのか分からない。当然のようにK先生に泣きついて、推薦状の用意だけでなく研究計画書の指導もしてもらった。いつまでも計画書の完成度が上がらないことに業を煮やした先生は、最終的には赤ペンで一言一句修正を入れてくれたのだった。
博士課程では、サラリーマンの宿命である地方への転勤を経験する中で、不運と自分自身の対応の不味さが重なって研究の展望を見失い、面目が立たずに先生からの手紙やEメールに返事が出せない時期もあった。それでも、先生からの励ましの手紙が途切れることはなかった。事業会社を辞めて、大学教員に転身を図るつもりであることを打ち明けた際も、当初は大反対されたが、最終的にはさまざまな面でサポートをしてくれた。
こうして、あらためて書き出してみると、自分はK先生に対して実の親に対する以上に甘え、生々しい感情をぶつけていたことが分かる。
ただ、このように書くと面倒見のいい、ひたすらやさしい先生と思うかもしれないが、ゼミはそれなりに厳しかったし、論文など研究面で褒められたことは未だに一度もない。研究面を含めた近況報告に対するK先生からの返事は、大抵「(研究者としての)進路の拡大には役に立ちません」という手厳しいもので、いつまでも私は出来の悪い、手の掛かる不肖の弟子のままなのである。
ところで、「ミネルバの梟(フクロウ)は黄昏に飛び立つ」という、ドイツの哲学者・ヘーゲルの有名な言葉がある。大意は、人々はある時代が進行している最中は、その全体像や意味を理解できないが、その時代や出来事が終わりを迎える頃(つまり「黄昏」時だ)になって、初めてその本質や意味を学問(哲学)によって理解できるようになる、という意味だ。
AIの出現、ポピュリズムや権威主義の台頭による民主主義の危機、国連常任理事国である二大大国による戦争行為など、2026年現在を「黄昏時」と判断すべき材料は枚挙にいとまがないだろう。
ちなみに、梟はギリシャ神話における知恵や哲学の象徴であり、黄昏時に梟が飛び立って森全体を見渡す(俯瞰する)ことによって、ひとつの時代の全体像の把握や意味付けが行われるのだが、その梟がいつの時代も同一の梟であるのか、新しい時代には次の世代の梟がその役割を受け継いでいるのか、そのあたりはあくまでも比喩だから、当然ヘーゲルは何も言っていない(はずだ)。
ただ、時の流れが「時代」という区分によって一つひとつの区切りをつけるように、生きとし生けるものすべての命は有限である。
翻って、K先生は今年、89歳になられる。
梟は時代を総括する記号であると同時に、若者に知恵を授けて導く学者や哲学者、長老のメタファーでもあるから(「眼鏡をかけた梟」のイメージだ)、そういう意味では、大学という森の中で、20歳の私はたしかにK先生という梟に出会ったのだ。K先生には、不肖の弟子をいつまでも導いて欲しいと願うばかりだが、本当に残念で恐ろしいことに、やはりすべての命は有限なのである。
そうであるならば、願わくば梟が飛び立つその前に、せめて一度だけでも「よくやっているな」「よく書けているな」、もう何でもいいから褒められたい、髪に白いものが目立ち始めたあの時の青年は、そう願っているのである(言うまでもないが、このことは、「自分は誰かの梟になれるのか」という、大学教員そして研究者としての重大な問いを含んでいる)。
この4月から、本学の経営研究センター長を仰せつかった。肩書だけを見ると、なんだか一端の大学教員、研究者になったようだが、自分自身は研究者へのコースをストレートに歩んだわけでも、(民間企業のサラリーマン経験者とはいえ)実務経験者としての華々しい成功を基に転身を図ったというわけでもない。
振り返ってみると、プライドと反抗心だけは誰よりも強く、そのくせ無気力で投げやりだった少年・青年期の自分にとって転機となったのは、何とか現役で滑り込んだ大学で、K先生が指導する労働経済学のゼミに入ったことだろう。
大学卒業後、複数の事業会社で人事を経験しながら、大学院で労働経済学、人的資源管理論を専攻し、現在は大学で人的資源管理論を教えているのだから、外的キャリア、内的キャリアの両面において、K先生と労働経済学との出会いが大きな影響を与えたことは間違いない。
また、いわゆる制度派の労働経済学、労使関係論の基礎を学んだことが、その後の研究手法だけでなく、政治や社会を含むものの見方全般に影響したような気がする。
とはいえ、ゼミに入るなり改心して優等生になったという訳ではない。たしかにゼミ(だけ?)は一度も休まずに参加したし、ゼミ長も務めたが、女の子に振られたショックでゼミ合宿で粗相をして、先生に大目玉を食らったことや、社会全体が大学生に寛容だったあの頃の「大学生のノリ」で色々とおふざけが過ぎて、注意を受けたことも度々だった(具体的にはとても書けない)。
大学卒業後も手を焼かせた。数年間の社会人生活の後、大学院進学を思い立ったが、当然どうすればいいのか分からない。当然のようにK先生に泣きついて、推薦状の用意だけでなく研究計画書の指導もしてもらった。いつまでも計画書の完成度が上がらないことに業を煮やした先生は、最終的には赤ペンで一言一句修正を入れてくれたのだった。
博士課程では、サラリーマンの宿命である地方への転勤を経験する中で、不運と自分自身の対応の不味さが重なって研究の展望を見失い、面目が立たずに先生からの手紙やEメールに返事が出せない時期もあった。それでも、先生からの励ましの手紙が途切れることはなかった。事業会社を辞めて、大学教員に転身を図るつもりであることを打ち明けた際も、当初は大反対されたが、最終的にはさまざまな面でサポートをしてくれた。
こうして、あらためて書き出してみると、自分はK先生に対して実の親に対する以上に甘え、生々しい感情をぶつけていたことが分かる。
ただ、このように書くと面倒見のいい、ひたすらやさしい先生と思うかもしれないが、ゼミはそれなりに厳しかったし、論文など研究面で褒められたことは未だに一度もない。研究面を含めた近況報告に対するK先生からの返事は、大抵「(研究者としての)進路の拡大には役に立ちません」という手厳しいもので、いつまでも私は出来の悪い、手の掛かる不肖の弟子のままなのである。
ところで、「ミネルバの梟(フクロウ)は黄昏に飛び立つ」という、ドイツの哲学者・ヘーゲルの有名な言葉がある。大意は、人々はある時代が進行している最中は、その全体像や意味を理解できないが、その時代や出来事が終わりを迎える頃(つまり「黄昏」時だ)になって、初めてその本質や意味を学問(哲学)によって理解できるようになる、という意味だ。
AIの出現、ポピュリズムや権威主義の台頭による民主主義の危機、国連常任理事国である二大大国による戦争行為など、2026年現在を「黄昏時」と判断すべき材料は枚挙にいとまがないだろう。
ちなみに、梟はギリシャ神話における知恵や哲学の象徴であり、黄昏時に梟が飛び立って森全体を見渡す(俯瞰する)ことによって、ひとつの時代の全体像の把握や意味付けが行われるのだが、その梟がいつの時代も同一の梟であるのか、新しい時代には次の世代の梟がその役割を受け継いでいるのか、そのあたりはあくまでも比喩だから、当然ヘーゲルは何も言っていない(はずだ)。
ただ、時の流れが「時代」という区分によって一つひとつの区切りをつけるように、生きとし生けるものすべての命は有限である。
翻って、K先生は今年、89歳になられる。
梟は時代を総括する記号であると同時に、若者に知恵を授けて導く学者や哲学者、長老のメタファーでもあるから(「眼鏡をかけた梟」のイメージだ)、そういう意味では、大学という森の中で、20歳の私はたしかにK先生という梟に出会ったのだ。K先生には、不肖の弟子をいつまでも導いて欲しいと願うばかりだが、本当に残念で恐ろしいことに、やはりすべての命は有限なのである。
そうであるならば、願わくば梟が飛び立つその前に、せめて一度だけでも「よくやっているな」「よく書けているな」、もう何でもいいから褒められたい、髪に白いものが目立ち始めたあの時の青年は、そう願っているのである(言うまでもないが、このことは、「自分は誰かの梟になれるのか」という、大学教員そして研究者としての重大な問いを含んでいる)。
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