私を夢中にさせたスポーツ体験

※職位や内容は投稿時のものです
2026年6月15日更新
スポーツの魅力は、勝ち負けがはっきりしているところにあります。けれども、私が特に心を動かされるのは、勝敗そのものよりも、その少し外側にある場面です。思わず笑ってしまうような機転、相手への敬意、チームメイトへのさりげない感謝。真剣勝負だからこそ見えてくる、そうした一瞬に、私はスポーツの面白さを感じます。
たとえばテニスです。テニスの四大大会、いわゆるグランドスラムは、全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープンを指します。世界中のトップ選手が集まる大舞台で、賞金額も桁違いです。2025年大会のシングルス優勝賞金を日本円でおおよそ換算すると、全米オープンは約8億円、ウィンブルドンは約6億5千万円、全仏オープンは約4億7千万円、全豪オープンは約4億円になります。もちろん為替によって金額は変わりますが、一つの判定が、名誉だけでなく、これほど大きな賞金にも関わる世界なのです。
そんなテニスで、私の好きなエピソードがあります。2016年、オーストラリア・パースで行われたホップマンカップでのことです。アメリカのジャック・ソック選手と、オーストラリアの名選手レイトン・ヒューイット選手の試合中、ヒューイット選手のサーブがフォルトと判定されました。普通なら、サーブを打ったヒューイット選手が「今のは入っていた」と主張したくなる場面です。
ところが、相手であるソック選手が笑顔で「今のは入っていたと思う。チャレンジしてみたら」と促しました。結果、判定は覆り、ヒューイット選手のポイントになりました。勝ちたい気持ちは当然あったはずです。それでもソック選手は、目の前の一球を正しく扱うことを選びました。しかも、その場面は重々しい美談というより、どこかユーモラスで、会場も思わず笑顔になるような雰囲気でした。スポーツマンシップは、必ずしも立派な言葉で語られるものだけではないのだと思います。ときには、少し茶目っ気のある一言に宿るのかもしれません。
自転車ロードレースにも、同じような魅力があります。ジロ・デ・イタリアは、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャと並ぶ「グランツール」の一つです。2026年大会でいえば、21ステージを約3週間かけて走り、総距離は約3,500キロメートル、獲得標高は約4万9千メートルに及びます。単純に言えば、日本列島を縦断するほどの距離を走りながら、富士山を何度も登るような高低差にも挑む競技です。
個人競技のように見えますが、実はとてもチームスポーツでもあります。エースを勝たせるために、風よけになり、補給を運び、坂でペースを作る選手がいます。そうした選手は「アシスト」と呼ばれ、自分の勝利よりもチームの勝利を優先することがあります。
その象徴のような選手の一人が、アメリカのセップ・クス選手です。クス選手は、ヨナス・ヴィンゲゴー選手らを支えてきた名アシストとして知られています。2026年のジロ・デ・イタリア第19ステージでは、そのクス選手に勝利のチャンスが巡ってきました。クス選手は厳しい山岳ステージで勝利し、ヴィンゲゴー選手も、長年チームを支えてきた仲間の勝利を心から喜んでいました。
ロードレースをあまり見ない方には、少し不思議に感じられるかもしれません。なぜ一番強い選手が、いつも自分で勝ちにいかないのか、と。しかし、そこにこそ自転車競技の奥深さがあります。個人名で記録される勝利の裏に、名前が残りにくい献身があります。そして、ときどき、その献身が主役になる日があります。私は、そういう場面にとても惹かれます。
ラグビーにも、また別の面白さがあります。激しい身体接触のある競技でありながら、選手と審判の間に独特の信頼関係があるスポーツです。その雰囲気を象徴する人物の一人が、ウェールズ出身の名レフェリー、ナイジェル・オーウェンズさんです。
ある試合で、選手が大げさに倒れ込んで反則をアピールした場面がありました。するとオーウェンズさんは、その選手に向かって「これはサッカーではありませんよ」と一言。厳しく注意しているのですが、どこかユーモラスで、観客も思わず笑ってしまうような場面でした。もちろん反則は反則、勝負は勝負です。それでも、ただ笛を吹くだけではなく、競技の文化そのものを守るようなやり取りに、私はラグビーらしさを感じます。
私を夢中にさせたスポーツ体験とは、必ずしも自分が最高の記録を出した瞬間だけではありません。観客として、思いがけないフェアプレーに出会うこと。支える人の仕事に気づくこと。真剣勝負の中にあるユーモアに笑うこと。そうした体験の積み重ねが、スポーツを単なる勝敗以上のものにしてくれます。
皆さんにも、ぜひいろいろなスポーツを「する」「みる」「ささえる」形で体験していただきたいと思います。よく知っている競技だけでなく、少し遠いと思っていた競技にも触れてみてください。するときっと、思わず誰かに話したくなるような一瞬に出会えるはずです。スポーツに魅了される入口は、案外、そんな小さな場面にあるのかもしれません。
スポーツの魅力は、勝ち負けがはっきりしているところにあります。けれども、私が特に心を動かされるのは、勝敗そのものよりも、その少し外側にある場面です。思わず笑ってしまうような機転、相手への敬意、チームメイトへのさりげない感謝。真剣勝負だからこそ見えてくる、そうした一瞬に、私はスポーツの面白さを感じます。
たとえばテニスです。テニスの四大大会、いわゆるグランドスラムは、全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープンを指します。世界中のトップ選手が集まる大舞台で、賞金額も桁違いです。2025年大会のシングルス優勝賞金を日本円でおおよそ換算すると、全米オープンは約8億円、ウィンブルドンは約6億5千万円、全仏オープンは約4億7千万円、全豪オープンは約4億円になります。もちろん為替によって金額は変わりますが、一つの判定が、名誉だけでなく、これほど大きな賞金にも関わる世界なのです。
そんなテニスで、私の好きなエピソードがあります。2016年、オーストラリア・パースで行われたホップマンカップでのことです。アメリカのジャック・ソック選手と、オーストラリアの名選手レイトン・ヒューイット選手の試合中、ヒューイット選手のサーブがフォルトと判定されました。普通なら、サーブを打ったヒューイット選手が「今のは入っていた」と主張したくなる場面です。
ところが、相手であるソック選手が笑顔で「今のは入っていたと思う。チャレンジしてみたら」と促しました。結果、判定は覆り、ヒューイット選手のポイントになりました。勝ちたい気持ちは当然あったはずです。それでもソック選手は、目の前の一球を正しく扱うことを選びました。しかも、その場面は重々しい美談というより、どこかユーモラスで、会場も思わず笑顔になるような雰囲気でした。スポーツマンシップは、必ずしも立派な言葉で語られるものだけではないのだと思います。ときには、少し茶目っ気のある一言に宿るのかもしれません。
自転車ロードレースにも、同じような魅力があります。ジロ・デ・イタリアは、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャと並ぶ「グランツール」の一つです。2026年大会でいえば、21ステージを約3週間かけて走り、総距離は約3,500キロメートル、獲得標高は約4万9千メートルに及びます。単純に言えば、日本列島を縦断するほどの距離を走りながら、富士山を何度も登るような高低差にも挑む競技です。
個人競技のように見えますが、実はとてもチームスポーツでもあります。エースを勝たせるために、風よけになり、補給を運び、坂でペースを作る選手がいます。そうした選手は「アシスト」と呼ばれ、自分の勝利よりもチームの勝利を優先することがあります。
その象徴のような選手の一人が、アメリカのセップ・クス選手です。クス選手は、ヨナス・ヴィンゲゴー選手らを支えてきた名アシストとして知られています。2026年のジロ・デ・イタリア第19ステージでは、そのクス選手に勝利のチャンスが巡ってきました。クス選手は厳しい山岳ステージで勝利し、ヴィンゲゴー選手も、長年チームを支えてきた仲間の勝利を心から喜んでいました。
ロードレースをあまり見ない方には、少し不思議に感じられるかもしれません。なぜ一番強い選手が、いつも自分で勝ちにいかないのか、と。しかし、そこにこそ自転車競技の奥深さがあります。個人名で記録される勝利の裏に、名前が残りにくい献身があります。そして、ときどき、その献身が主役になる日があります。私は、そういう場面にとても惹かれます。
ラグビーにも、また別の面白さがあります。激しい身体接触のある競技でありながら、選手と審判の間に独特の信頼関係があるスポーツです。その雰囲気を象徴する人物の一人が、ウェールズ出身の名レフェリー、ナイジェル・オーウェンズさんです。
ある試合で、選手が大げさに倒れ込んで反則をアピールした場面がありました。するとオーウェンズさんは、その選手に向かって「これはサッカーではありませんよ」と一言。厳しく注意しているのですが、どこかユーモラスで、観客も思わず笑ってしまうような場面でした。もちろん反則は反則、勝負は勝負です。それでも、ただ笛を吹くだけではなく、競技の文化そのものを守るようなやり取りに、私はラグビーらしさを感じます。
私を夢中にさせたスポーツ体験とは、必ずしも自分が最高の記録を出した瞬間だけではありません。観客として、思いがけないフェアプレーに出会うこと。支える人の仕事に気づくこと。真剣勝負の中にあるユーモアに笑うこと。そうした体験の積み重ねが、スポーツを単なる勝敗以上のものにしてくれます。
皆さんにも、ぜひいろいろなスポーツを「する」「みる」「ささえる」形で体験していただきたいと思います。よく知っている競技だけでなく、少し遠いと思っていた競技にも触れてみてください。するときっと、思わず誰かに話したくなるような一瞬に出会えるはずです。スポーツに魅了される入口は、案外、そんな小さな場面にあるのかもしれません。
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