2026年 これからの時代に備えて

※職位や内容は投稿時のものです
2026年5月15日更新
今年もまた、多くの新入生を迎えた。数ある大学の中から、静岡産業大学を選び入学してくれたことに心から感謝したい。と同時に責任を持って教育していきたいと思う。
彼ら彼女たちが生きるこれからの世の中は、私たちが生きてきた世の中とは異なる様相を呈す。私たちは、祖父母が生きてきた世界の延長線上に生きてきたが、それによって生き抜くヒントも目の前にあったが、今の若者は、過去の延長線上ではない世界に生きることになる。過去にはない世の中を生きることになる。理由は、生成AIの加速度的進化と人型ロボットの普及である。
すでに、アメリカのfigure社では自社製品の人型ロボットfigure03がフロアを歩き回り、スタッフの空いたコーヒーカップを見ると、「コーヒーがなくなりましたね。入れてきましょうか」と尋ね、コーヒーを入れてきてくれる。BMWの工場でもfigure社の人型ロボットが歩き回る。工場に限らず、人々の生活の中にも人型ロボットは入りつつあり、洗濯物をたたんでくれたり、スーパーで買ってきた商品を買い物袋から取り出して冷蔵庫にしまってくれたり、窓を拭いたり、掃除機をかけたり、はたまた我々の話し相手になってくれたりと、身体性を伴ったAIが、人間と共存するその幕が開けたという感じである。
アメリカもそうだが、中国でも、深圳や重慶、武漢で、無人の自動運転タクシーが走っている。AI先進国のアメリカや中国では、実証実験が終わって、すでにビジネス化しているのである。
このようにAI先進国の人々は、新たな便利さを享受している。しかし、当然良いことばかりではない。人間の仕事がAIに奪われている。
アメリカでは、ソフトウェアエンジニアが、レイオフ(一時解雇)を余儀なくされている。弁護士事務所で弁護士に過去の判例を整理し提示するパラリーガル、いわゆる法律事務職員もその職を失っている。経営コンサルタントもしかりである。さらに就職先としてホワイトカラーを志望するアメリカの大学生も、その職に就けず、現場・現業労働者にシフトしようとしている。日本でも、少し前に、AIによりホワイトカラーの8割が職を失うと言われたが、既にアメリカではそれが見られているということである。いうまでもなく、AI先進国だからである。遅かれ早かれ、日本にもそうした状態が必ずや訪れる。
では、このような時代にあって、これからの若者はどうすればいいのだろうか。どのような能力を身に付け、準備すれば良いのだろうか。
[1]まずはAIを使いこなせるようにすることである。むしろ使いこなせないと話にならない。AIは格差を広げるからである。AIは生産性、収入、知性の格差をもたらすのである。アメリカのある会社ではAIを使っていないだけで解雇された。生産性に寄与していないとの理由からである。AIはビジネスパーソンにとってはもはや必須のスキルなのである。
また、AIを使うことは、自分がいかに追い詰められているかを知る機会にもなる。故に、AIを使い倒すことである。AIに置き換えられる側からAIを活用して価値を生む側に進化されたい。
[2]そのためには何よりも、論理的に考えられなければならない。論理的思考力を持たなければならない。今生成AIに尋ねれば、何でも答えを返してくれる。しかし精度の高い答えを導くには、精度の高い質問力が必要になる。AIコミュニケーション力が重要になる。AIは最強の頭脳の持ち主であり、的確に回答してくれるが、相手に合わせてもくるからである。精度の低い、具体性に欠けた曖昧な指示には精度の低い回答しか出してくれない。AIごとの性能の差が認識できるくらい場数を踏むことが求められる。使いこなすことである。これから人間が持たなければならない核心的な力量は「質問」である。未来の価値は、回答ではなく質問から生まれるからである。
静岡産業大学は「AIに特化した講義」を用意した。また多くの講義でAIに触れる機会も多い。是非ともそうした講義を履修し、使い方をマスターして欲しい。
[3]ただ、最近のMITの研究によれば、ChatGPTを使ってレポートを書き続けると、脳の動きが変わってくるという。すなわち、考えないことが定常化してしまうと言う。故に、AIのスキルを身に付けることは必須だが、すべてをAIに頼ると危ないということである。AIの使い方には気をつけるべし。
[4]そしてこれからの時代は、課題の解決のかなりの部分はAIがやってくれるので、人間は課題の発見に注力することである。AIは感情がないから課題発見は苦手である。大学生活を通じて課題発見力を培おう。
静岡産業大学には座学を離れ、地域社会やビジネスの現場に赴く授業が数多く存在する。これを利用し課題を発見するスキルを磨こう。
[5]これから人類は未知の領域に入っていく。未知の領域ゆえに、正解などわからない。答えは自分で探すしかない。では、どうやって探すのか。トライ&エラーしかない。試行錯誤しかない。まずは自分から進んで動く力、答えを探し、取りに行く力を持つことである。
[6]しかし、トライすると言っても、やみくもなトライは怪我の元である。大怪我しないためにも大学でしっかり専門を学び、意思決定の拠り所としての理論を修得することである。理論は正解ではないが、正解に導いてくれる羅針盤のような存在である。ビジネスという大海を上手に泳げるよう是非とも身に付けて欲しい。
[7]それでも、様々なことにチャレンジすれば、失敗はつきものである。しかし大学時代は失敗していい。むしろ様々なことにチャレンジして、様々な経験を積むことに価値がある。そうすると、レジリエンスと言って、失敗してもへこまない力、失敗しても何クソとチャレンジ仕返す力が培えるので、失敗を恐れず、ドンドンチャレンジすることである。社会人になって、チャレンジしたけれど、失敗しました。へこみました。もう怖くて挑戦できません。こんなことでは困る。失敗してもへこまない力、レジリエンスを培うことである。
4年間は長いようで短い。これからの社会に対応できるよう、しっかり学び、体験して欲しい。大変な時代だからこそ、準備をしよう。我々はいつもあなた方の側にいる。
今年もまた、多くの新入生を迎えた。数ある大学の中から、静岡産業大学を選び入学してくれたことに心から感謝したい。と同時に責任を持って教育していきたいと思う。
彼ら彼女たちが生きるこれからの世の中は、私たちが生きてきた世の中とは異なる様相を呈す。私たちは、祖父母が生きてきた世界の延長線上に生きてきたが、それによって生き抜くヒントも目の前にあったが、今の若者は、過去の延長線上ではない世界に生きることになる。過去にはない世の中を生きることになる。理由は、生成AIの加速度的進化と人型ロボットの普及である。
すでに、アメリカのfigure社では自社製品の人型ロボットfigure03がフロアを歩き回り、スタッフの空いたコーヒーカップを見ると、「コーヒーがなくなりましたね。入れてきましょうか」と尋ね、コーヒーを入れてきてくれる。BMWの工場でもfigure社の人型ロボットが歩き回る。工場に限らず、人々の生活の中にも人型ロボットは入りつつあり、洗濯物をたたんでくれたり、スーパーで買ってきた商品を買い物袋から取り出して冷蔵庫にしまってくれたり、窓を拭いたり、掃除機をかけたり、はたまた我々の話し相手になってくれたりと、身体性を伴ったAIが、人間と共存するその幕が開けたという感じである。
アメリカもそうだが、中国でも、深圳や重慶、武漢で、無人の自動運転タクシーが走っている。AI先進国のアメリカや中国では、実証実験が終わって、すでにビジネス化しているのである。
このようにAI先進国の人々は、新たな便利さを享受している。しかし、当然良いことばかりではない。人間の仕事がAIに奪われている。
アメリカでは、ソフトウェアエンジニアが、レイオフ(一時解雇)を余儀なくされている。弁護士事務所で弁護士に過去の判例を整理し提示するパラリーガル、いわゆる法律事務職員もその職を失っている。経営コンサルタントもしかりである。さらに就職先としてホワイトカラーを志望するアメリカの大学生も、その職に就けず、現場・現業労働者にシフトしようとしている。日本でも、少し前に、AIによりホワイトカラーの8割が職を失うと言われたが、既にアメリカではそれが見られているということである。いうまでもなく、AI先進国だからである。遅かれ早かれ、日本にもそうした状態が必ずや訪れる。
では、このような時代にあって、これからの若者はどうすればいいのだろうか。どのような能力を身に付け、準備すれば良いのだろうか。
[1]まずはAIを使いこなせるようにすることである。むしろ使いこなせないと話にならない。AIは格差を広げるからである。AIは生産性、収入、知性の格差をもたらすのである。アメリカのある会社ではAIを使っていないだけで解雇された。生産性に寄与していないとの理由からである。AIはビジネスパーソンにとってはもはや必須のスキルなのである。
また、AIを使うことは、自分がいかに追い詰められているかを知る機会にもなる。故に、AIを使い倒すことである。AIに置き換えられる側からAIを活用して価値を生む側に進化されたい。
[2]そのためには何よりも、論理的に考えられなければならない。論理的思考力を持たなければならない。今生成AIに尋ねれば、何でも答えを返してくれる。しかし精度の高い答えを導くには、精度の高い質問力が必要になる。AIコミュニケーション力が重要になる。AIは最強の頭脳の持ち主であり、的確に回答してくれるが、相手に合わせてもくるからである。精度の低い、具体性に欠けた曖昧な指示には精度の低い回答しか出してくれない。AIごとの性能の差が認識できるくらい場数を踏むことが求められる。使いこなすことである。これから人間が持たなければならない核心的な力量は「質問」である。未来の価値は、回答ではなく質問から生まれるからである。
静岡産業大学は「AIに特化した講義」を用意した。また多くの講義でAIに触れる機会も多い。是非ともそうした講義を履修し、使い方をマスターして欲しい。
[3]ただ、最近のMITの研究によれば、ChatGPTを使ってレポートを書き続けると、脳の動きが変わってくるという。すなわち、考えないことが定常化してしまうと言う。故に、AIのスキルを身に付けることは必須だが、すべてをAIに頼ると危ないということである。AIの使い方には気をつけるべし。
[4]そしてこれからの時代は、課題の解決のかなりの部分はAIがやってくれるので、人間は課題の発見に注力することである。AIは感情がないから課題発見は苦手である。大学生活を通じて課題発見力を培おう。
静岡産業大学には座学を離れ、地域社会やビジネスの現場に赴く授業が数多く存在する。これを利用し課題を発見するスキルを磨こう。
[5]これから人類は未知の領域に入っていく。未知の領域ゆえに、正解などわからない。答えは自分で探すしかない。では、どうやって探すのか。トライ&エラーしかない。試行錯誤しかない。まずは自分から進んで動く力、答えを探し、取りに行く力を持つことである。
[6]しかし、トライすると言っても、やみくもなトライは怪我の元である。大怪我しないためにも大学でしっかり専門を学び、意思決定の拠り所としての理論を修得することである。理論は正解ではないが、正解に導いてくれる羅針盤のような存在である。ビジネスという大海を上手に泳げるよう是非とも身に付けて欲しい。
[7]それでも、様々なことにチャレンジすれば、失敗はつきものである。しかし大学時代は失敗していい。むしろ様々なことにチャレンジして、様々な経験を積むことに価値がある。そうすると、レジリエンスと言って、失敗してもへこまない力、失敗しても何クソとチャレンジ仕返す力が培えるので、失敗を恐れず、ドンドンチャレンジすることである。社会人になって、チャレンジしたけれど、失敗しました。へこみました。もう怖くて挑戦できません。こんなことでは困る。失敗してもへこまない力、レジリエンスを培うことである。
4年間は長いようで短い。これからの社会に対応できるよう、しっかり学び、体験して欲しい。大変な時代だからこそ、準備をしよう。我々はいつもあなた方の側にいる。
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