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試験が近い、さあ!部屋の片づけをしよう!


※職位や内容は投稿時のものです

2023年3月15日更新

 学生の頃、試験が近づくと無性に部屋の片づけをしたくなって、よく夜遅くまでごそごそしていたものだ。皆さんにもきっと似たような経験があるだろう。試験があるのだから、試験勉強をすればよい、などということは言われなくてもわかっていた。しかし、どうにもこうにも勉強が手につかない。勉強を先延ばしにしてしまうのである。一体これはどうしたものなのか?更に厄介なことに、この先伸ばしの癖は、歳をとってもなかなか抜けないようなのである。現に今、締め切りのある書類が目の前にあるにもかかわらず、こうやって雑文を書くことに熱中している。実に困ったものだ。

 さて、昔から社会心理学者はこのような先延ばしの行動を、セルフ・ハンディキャッピング(self-handicapping: 以下SHCと略す)と呼んできた。皆さんも聞き覚えがあることだろう。少し難しくなるが、SHCは以下のように定義することができる(伊藤、1991)。

 自分の何らかの特性が評価の対象となる可能性があり、かつそこで高い評価を受けられるかどうか確信が持てない場合、
遂行を妨害するハンディキャップがあることを他者に主張したり、自らハンディキャップを作り出す行為。

 また、SHCには大きく分けて二通りあることが知られている。例えば、試験前に部屋の片づけをするように、ハンディキャップが実際の行動として遂行されるものを遂行的SHCと呼ぶ。一方、隣の部屋の住人が夜中までうるさくて勉強に集中できなかったなどと、友人に自らのハンディキャップを主張するような場合を主張的SHCと呼んでいる(沼崎、1995)。いずれにしても、失敗しても自分の能力のせいではなく、うまくいけば努力せずに自分の能力が高いことを示すことができるかもしれないという、一石二鳥の言い訳戦略というわけである。しかし、ここで冷静に考えてみよう。そんな言い訳や先送りをして、実際の結果はどうだったのだろうか?その結果を見て自分はどう感じたのだろう?ちょっと昔を思い出してもらいたい。おそらく、そんな状態で受けた試験はうまくいかなかったはずだ。試験準備を十分にした学生と、しなかった学生のSHCと実際の成績を比較した研究がある(吉武、2001)。試験準備を十分にした学生はSHCが少なく、成績も良かった。一方、試験準備を十分にしなかった学生ではSHCが多く、成績も良くなかった。更に、SHCをする人は他者からの好感度が低下するという報告さえある(沼崎・和田、1990)。つまり、SHCはそれをする本人が期待するほど「良い言い訳」ではないかもしれないのだ。

 それでは、なぜ人はSHCという行動をとるのだろうか?嫌な事態を避けて通ることを心理学では回避*1と呼んでいる。つまり、SHCは試験勉強のような「嫌なこと」を避けて通ることで、行為者が感じている「勉強が嫌だ」といった負の感情を和らげていると考えることができるわけだ。負の感情の緩和は言うまでもなく報酬としての価値を持つので、この点においてSHCはオペラント条件付けによって維持・強化されていると言うことができるかもしれない。しかし、「試験勉強が嫌だ」という負の感情を緩和できたとしても、たいていの場合実際の試験は回避できない。嫌々ながら試験を受けて成績が悪ければ、結局のところ負の感情に苛まれるはずだ。試験の後、「やっておけばよかった」と後悔した覚えがあるだろう。ところが、ここに大きな落とし穴があるのだ。ヒトには往々にして、将来における大きな報酬よりも、我慢しないですぐに手に入る小さな報酬の方を選んでしまう傾向がある(時間価値割引*2)。つまり、しっかり試験勉強をして良い成績をあげることによって得られる大きな達成感よりも、眼前の試験勉強から逃げることによって得られるほんの小さな安楽を選んでしまうのだ。この落とし穴にはまらないためには、ヒトは何歳になってもそういうモノなのだ、と、ことあるごとに思い出す必要があるのだろう。

 ということで、筆者も目前の小さな報酬から、少し先の大きな報酬に目を戻すことにしよう。



【註】
  • *1: 学習心理学において、回避と類似した用語に逃避がある。回避が嫌なことが起きる前に逃げるのに対して、逃避は嫌なことが起きてからその場から逃げることを示す。詳細は『レイノルズ(浅野俊夫 訳)「オペラント心理学入門-行動分析への道-」1978年、サイエンス社』などを参照。
  • *2: 時間価値割引については、『大竹文雄・田中沙織・佐倉統(著)「脳の中の経済学」2012年、ディスカバー携書092』が分かりやすい。

  • 伊藤忠弘. セルフ・ハンディキャッピングの研究動向. 東京大学教育学部紀要. 1991:31:153-162.
  • 沼崎誠. 受け手が抱く印象に獲得的および主張的セルフ・ハンディキャッピングが与える効果. 実験社会心理学研究. 1995:35(1):14-22.
  • 吉武久美子. セルフ・ハンディキャッピングに関する研究. 純心人文研究. 2001:7:17-24.
  • 沼崎誠, 和田万紀 “いいわけ”が受け手に与える印象‐セルフ・ハンディキャッピング的“いいわけ”‐. 日本心理学会第54回大会発表論文集. 59.