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私の「夢」


※職位や内容は投稿時のものです

2022年11月15日更新

 私の専門は日本語教育ですが、旧情報学部時代には約7年間、就職委員長を務めていました。その仕事の一つに、学生の『インターンシップ体験報告集』に「あとがき」を書くというものがありました。

 19年度の報告集にはこんなことを書いています。



 皆さんの「夢」は、何でしょうか。

 私が大学生のころに抱いていた「夢」は、かなり変な「夢」でした。それは、小説家の三島由紀夫が45歳で亡くなるまでに、いったいいくつの言葉を使って作品を書いたのか、その言葉の数を数えたいという「夢」でした。私が三島由紀夫の作品に出会ったのは、10代の中ごろでしたが、そのあまりの「語彙の豊かさ」に心底驚かされました。そして直感的に、「語彙の豊かさ」という点では、三島由紀夫が「日本一」なのではないかと感じ、三島が作品の中で使った言葉のすべてを数え上げて、それを確かめたいと思ったのです。

 しかし、どうやってそれを行えばいいのか、方法はまったく分かりませんでした。一つ一つの言葉をカードか何かに書き写していって、異なった言葉がいくつになるのかを地道に調べていくしかないのか…。そして、三島由紀夫の語彙が豊かであることを証明するためには、他の作家の語彙についても調べる必要があるだろうし…。どうしたらいいか、全集を前にして途方に暮れてしまいました。

 その後私は、日本語教育の魅力にとりつかれ、留学生に日本語を教えるという職業に就きました。そして、「夢」は「夢」のままで持ち続けていたのですが、あっという間に40年が過ぎてしまったのです。

 ところが今、その「夢」が実現しそうなのです。2000年代に入ると、コンピューターを使った日本語の解析技術が飛躍的に進歩しました。人間が一語一語言葉を勘定しなくても、コンピューターが、文章中にどんな言葉がいくつ使われているかをたちどころに示してくれる「形態素解析」という技術が一般的になりました。作品をテキストファイル化する必要があるのですが、この技術を使えば、それほど手間がかからず、三島由紀夫が作品中で使用した語彙の全貌を明らかにすることができそうなのです。

 当時、私が選んだ「日本語教師」という仕事は、すぐに自分の「夢」が叶えられるような仕事ではありませんでした。しかし、その後、大学で研究ができる状況に身をおくことができるようになり、いつの間にか、私の「夢」を実現させてくれるような素晴らしい技術が開発されていました。こんな日が来るとは、それこそ夢にも思ってもいませんでしたが、どうやら「夢」というものはずっと持ち続けることが大事なようで、今は心躍るような毎日を過ごしています。

 皆さんの「夢」は、何でしょうか。「インターンシップ」を体験して、自分の「夢」を確かめることができたでしょうか。キャリア支援課は、皆さんが「夢」を叶えられるような職場がみつけられる日まで、これからも全力で応援します。困ったときは、いつでも相談に来てください。…



 あれからコロナ禍となり、3年が経ちました。
 今、私の「夢」は、どうなっているでしょう?

 大学から「特別研究支援経費」を頂き、2020年度は三島の「小説」について、2021年度は「評論」について、2022年度は「戯曲」について、コンピューターで「異なり語数」を調べてみました。そして、まだサンプル数は少ないのですが、いずれの分野でも、「他の作家より三島のほうが使用語彙が多様であること」を数値的に明らかにすることができました。

 ただ、全作品の解析にはまだ至っていません。作品量が多過ぎるのです。

 元三島由紀夫文学館館長の松本徹先生は、こう述べています。

(全集42巻の)内訳ですが、長篇小説34編、短篇小説172編、戯曲69編、
評論は数えきれません。それに詩歌、書簡、対談、講演など。(略)
ひとりの人間がやったこととは思えません。

 でも、OCR処理技術も形態素解析技術も、更に急速に進化しています。ですから、最新技術をうまく活用すれば、何とかなる。この3年間の調査で、その「予感」は「確信」に変わりました。

 定年まで私に残された時間はそれほど長くないのですが、今は、
 ① 旧仮名遣い、旧漢字の全集所収作品をどう処理するか
 ② 他の作家との比較をどう行うか
という課題と向き合いながら、40年来の「夢」を叶えるべく、頑張っています。