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風に吹かれて


教授 天野利彦 (国際情報学、文学、文明学)

 新年おめでとうございます。また、静岡産業大学経営学部の教授陣が書き継いできましたこの『リレーエッセイ』も100回目を迎えました。併せて盛事を言祝ぎ、節目となる今回のエッセイを担当致しますことを光栄に存じます。

 さて、年が改まりましても学年はまだ継続しております。寒風の中、通学してくる学生達を見ていると、もうひとふんばり、と声を掛けたくなります。キャンパスの隣の田圃に目を移すと、刈り取られた稲に新しい穂が風に靡いています。新年を迎えたせいか、豊葦原瑞穂の国という言葉が脳裏に浮かびます。そして実は私はフランス文学出身なので、学生時代に習ったパスカルの有名な言葉を思い出します。

L’homme n’est qu’un roseau le plus faible de la nature ; mais c’est un roseau pensant. Il ne faut pas que l’univers entier s’arme pour l’écraser. Une vapeur, une goutte d’eau suffit pour le tuer. Mais quand l’univers l’écraserait, l’homme serait encore plus noble que ce qui le tue ; parce qu’il sait qu’il meurt ; et l’avantage que l’univers a sur lui, l’univers n’en sait rien.
(《Grandeur de l’homme.》, Pensées/Édition de Port-Royal/XXIII )

人間は自然のなかで最も弱い1本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である。彼をおしつぶすのに、宇宙全体が武装する必要はない。 蒸気やひとしずくの水でも、彼を殺すのには十分である。しかし、たとえ宇宙が彼をおしつぶすとしても、それでも人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、そして宇宙が自分に勝ることを知っているからである。宇宙はそれらを何も知らない。
(「人間の偉大さ」、ポール・ロワイヤル版『パンセ』XXIII章)
人間の考える力は宇宙全体に勝る。人間の卑小さと偉大さの両面について終生考え続けたパスカルは、17世紀フランスの人です。彼は思想家であるとともに、「パスカルの原理」にもその名を残す近代科学の開拓者、17世紀の「科学革命」のただ中で活躍した人でした。

 宇宙と人間との関わりに対する彼の洞察には、遠近法の画法を生み出したイタリア・ルネサンスの影響を感じないではいられません。遠近法で描かれた画面では、すべての物が画面上の無限遠点に吸い込まれていきます。「消失点」です。そして画面を境としてその消失点の反対側に、私たちの視点があります。鑑賞している私たちも画面に含まれていないようですが、私たちの視線は無限遠点に吸い込まれていきます。消失点の中では私たちは無限小の存在になるといっていいでしょう。一方、視線の出発点である私たちの視点は、消失点と対をなし、画面全体を我がものとして包み込んでいます。

 パスカルのいうように、私たちは自分が死ぬことを知っています。そして自分の死と同時に、各人が抱える「自分の宇宙」も消え去ることを知っています。私たちは、いわば宇宙に含まれるとともに宇宙を含んで生きています。私たち人間が一人ひとり抱える宇宙の大きさは、私たち自身の可能性にかかっているといえるでしょう。学生たちの通学風景に目をもどしながら、一本一本の「考える葦」の可能性を引き出すのが自分の仕事だと、改めて思います。豊葦原の国をさらに豊かにするために。身が引き締まる思いがするのは、冷たい風のせいばかりではないようです。