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小説「東京難民」を読んで


教授 近藤尚武 (国際経済学、アジア経済)

 わたしは経済学の授業のなかで、必ず一回だけテキストから離れて若者が直面している日本の労働市場の現実についてリアルな話をすることにしている。話の多くはフリーターと正社員の格差や非正規労働者が増大した要因についてであり、派遣法の「改正」や企業のグローバル化などをあげながら説明している。また正社員であっても実態はアルバイト以下のような「名ばかり正社員」の事例やブラック企業の劣悪な労働条件などについてもとりあげている。こうしたリアルな話をすると普段は退屈そうにしている学生の多くが黙り込んで真剣に聞いている。やはり抽象的な経済学の理論より自分も多少見聞きしたことのあるリアリティのある話に興味が湧くのだろう。

 小説「東京難民」は、地方から上京し、毎日かったるい授業をいやいや受けながら頭の中の関心は遊びと彼女のことばかりという勉強嫌いの能天気な三流私立大学生の修が主人公である。修の両親が事業の失敗で突然失踪し行方不明になり、仕送りも止まってしまうことから修の運命は一気に転落してしまう。学費未納で大学を除籍になり、家賃滞納で部屋を追い出される。友人から金を借りて実家までの交通費を捻出し帰宅するが自宅は借金取りのヤクザに囲まれており危うく自分まで監禁されそうになり、両親も見つからず東京に戻ってしまう。

 この小説のストーリーはここから始まる。家族の援助もなく、住居もなく、大学生という身分もなく、ほとんど無一文の若者が東京という大都会に放り出されて、一体どうやって生きていけるのか。主人公の修はいい加減な男ではあるが行動力はあるほうで、とにかく自分でも雇ってくれるアルバイトを片っ端から探しながら、日本の労働市場の最底辺の職種を転々とする。チラシ配り、テレアポ、ティッシュ配り、ホスト、建設現場など。この小説の醍醐味はこれらの底辺職の内情にかんして著者福澤徹三がおそらく経験者でなければわからないほど精通していることである。詳細は述べないが、底辺の労働現場は、底辺の人間が底辺の人間を搾取し騙す環境が常態化している。名高い有名企業の労働現場ですら偽装請負や違法派遣がはびこっている日本である。最底辺の職場には法律も人権もない。今の日本では一度底辺に落ちると、たとえ肉体的精神的に健康な若者であっても、自分の力だけで這い上がることは非常に難しいということをあらためて感じさせられる。

 わたしも30年前地方から上京して私立大学に通っていたが、もし修と同じ境遇になったら一体どうなっただろうと考える。たぶん修の3分の1の行動力もなく野垂れ死にしただろう。この文章を読んでいる学生の皆さんはどうでしょうか?独力で生きていく自信がありますか?この小説はライトノベルなので後半は安っぽいケータイ小説のような展開になるが、大都会東京の底辺職の実態を見事に描いた前半部分だけでも読み応えがあります。一度読んでみて、修の境遇を自分にあてはめながらいろいろと考えてみてください。