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通信55 心理学者(サイコロジスト)は電気羊の夢を見るか?


                  心理学者(サイコロジスト)は電気羊の夢を見るか?

                                            経営学部 助教 日隈美代子
                                            m-higuma@ssu.ac.jp

 皆さんはVRやARという言葉を、最近多く目にするようになってきたのではないでしょうか。VRとは、バーチャル・リアリティ(Virtual Reality)の略語で、現実そっくりの仮想空間で、疑似体験を行うことができる、仮想現実空間のことを指しています。例えば、専用の機器を使用し、コンピュータの作り出した虚構の空間の中で、その場所を体験したり、行動したりすることができるものです。鳥になって空を飛ぶ体験ができたり、恐竜のいる世界を冒険したり、飛行機を操縦したりできる、といった体験型のVRを経験したことがある人もいるのではないでしょうか。運転練習のためのシミュレータやモックアップも、広い意味ではVR装置といえます。ARは、オーグメンテッド・リアリティ(Augmented Reality)の略語で、現実環境をコンピュータなど何らかの技術によって拡張する、拡張現実空間のことを指しています。例えば、観光名所などで、スマートフォンをかざすと、その風景の画像の上に説明が表示されたり、写真を撮るときに、現実には存在しないキャラクターと一緒に写真が撮れたりといったものが、身近にいろいろと出てきています。これらVRやARについて、情報学や工学、コンピュータ学といった分野だけでなく、医学や経済学、そして我々心理学や認知科学の研究者も、様々なアプローチによる研究を行っています。

 ここ何年かで、家庭でも簡単に楽しめるようなヘッドマウントディスプレイ型のVRマシンが発売され、VRを楽しめるような体験施設がいくつもオープンしたことで、VRやARは最近の技術であると思っている人も多いでしょう。ですが実は180年以上も前に、原型となる仮想体験装置が実用化されています。そして今皆さんが考えるようなVR装置は、1960年代になってから実現化され、今では様々な場面にVRやARが取り入れられています。例えばニンテンドー3DSでは、ARゲームが楽しめる機能が内蔵されていますし、2016年には、PlayStation VRが発売され、子どもから大人までVRゲームを手軽に楽しめるようになりました。世界中で大流行したポケモンGOも、AR技術をベースに開発されています。NHKではVRやAR体験ができる映像アーカイブを公開していたり、YouTube上にも多くのVR用映像が公開されていたりしています。静岡県内でも、気軽に遊びに行けるVRアミューズメント施設ができたり、小中学生のための防災用VR体験が行われたりしています。
 さて、このようなVRやARですが、実際の体験と何が違うのでしょうか。例えばシミュレータなどは、航空や鉄道といった現場や、医療現場における訓練に活用されています。教員養成や保育士養成における、模擬実習室などでの模擬実習も、盛んにおこなわれています。このように、VRやARは現実に代わるものとして機能しています。しかしもし、VRやARでの経験が現実のものと同等であるならば、実際に現実での経験をする必要はなくなってしまいます。けれども、VRやARは現実に近いとはいっても、あくまでも仮想です。体験や経験は重要といわれますが、VRやARでの経験は、本当に実際の経験と同じものといえるのでしょうか。
 VRやARは、自分自身が実際にできないことを、他者に成り代わって体験し、共感できるツールであるといえます。他者の主観的経験を完全にシミュレートすることは物理的には不可能です。けれどもVRやARを活用することにより、他者の視点を自分事として主観的に体験することができます。そこに、身体的な共感だけでなく、心理的な共感も呼び起こされていれば、それは、ある種の実際の経験により近い体験ができていると考えられるのではないか、と私は予想しています。実際に、VRによる疑似的な経験は、身体的にだけでなく、心理的にも実際の経験と変わらないレベルでの影響をもたらすという研究結果も報告されており、この知見を社会的目的のために利用する方法を、多くの研究者が探っています。

 2019年度、「発達の気になる子への育ちを支える:保育教育現場における現状と保育者養成での教材開発」という研究のために特別研究支援経費をいただき、VRを活用した保育者・教育者のための教材開発について研究を行いました。2020年になり、社会状況は大きく変わり、保育や教育の現場における実地的な学びがとても行いにくくなってしまいました。VRの研究を始めた当初は、このような状況は全く想定しておらず、このウィズコロナの中で、VRをどのように教育に活かすことができるのかを考えていたわけではありませんでした。ですが、教材開発ができれば、ソーシャルディスタンスを守っての現場での学びを再現できるのでは、と感じています。