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通信52 変革は突然やってくる-新型コロナウイルスと研究


静岡産業大学 経営学部教授 山田一之
E-mail: k-yamada@ssu.ac.jp
URL: https://www.ssu.ac.jp/media/yamada-k.pdf
 私は40年に及ぶ研究人生の様々な時期に、世の中の大きな変革を見てきましたし、世の中の変化に合わせて自分の研究テーマや方法を大きく変化させざるを得ないという経験をしてきました。遺伝子工学技術の急速な発展による遺伝子改変動物の出現、政権交代による科学技術予算の大幅減による大リストラなど。しかし、今年の前半ほど突然、想像もつかないほど大きな変革を経験したことはありません。その変革とは、言うまでもなく、新型コロナウイルスの感染拡大による大学の閉鎖と全授業の遠隔化です。
 私は昨年度、「授業のIT化とストレス-心理学的・生理学的評価の試み-」という研究課題で特別研究支援経費を頂きました。この研究課題では、授業のIT化によって学生が受けるストレスについて心理学的・生理学的に評価しようというものでした。授業効率の向上は、私たち大学教員にとって極めて切実な問題です。それは単に学生の学力の向上を目指すだけでなく、授業や学務などに追われる中でいかに研究のための時間を捻出するか、ということに関わってくるからです。授業の効率を上げるためには、当然学生の授業に対するやる気(動機づけ)と集中力の維持が必要不可欠です。そこで最近は、授業の中にも様々なIT機器やシステムが導入されるようになってきました。授業中の学生のスマートフォンに質問を送って、その場で答えを入力してもらう授業応答システムは、皆さんも経験したことがあるかもしれません。このような新しい授業方法の導入によって、学生の授業態度や成績の向上がみられたと報告されていますが1)、一方で授業のIT化が学生にとって大きなストレスになっている可能性もあります。そこで、私は授業中のIT機器操作が学生に与えるストレスについて、心理学的・生理学的に確かめようと思いました。
 学生が授業中にスマートフォンを使って課題を行う前後で、ストレス反応が変わるかどうか、唾液アミラーゼ反応を用いて調べました。これは、心理的なストレスがかかると唾液中のアミラーゼ活性が上昇するということが以前から知られているためです2)。また、測定終了後に、①朝食摂取の有無、②スマートフォンは得意か否か、③スマートフォンの一日の利用時間、④その他の各項目についてアンケート形式で回答してもらいました。実験参加者の数が少なかったものの、結果はなかなか興味深いものでした。スマートフォン(一部パソコン)による作業の前後でアミラーゼ活性が上昇している参加者と下降した参加者が同数おり、また変化しなかった参加者もいました。これはIT作業が学生にとって一律にストレスとなるわけではないことを意味しています。そして、アンケートの結果と合わせると、スマートフォン操作の主観的な得手不得手と唾液アミラーゼ活性の変化が関連しそうだという結果が得られました。読者の皆さんには当たり前だろ!と言われるかもしれませんが、これは私たちにとってかなり役に立つエビデンス(証拠)です。授業にIT機器の利用を導入する前に、受講予定の学生にスマートフォンの主観的な得手不得手を尋ねておくだけで、学生にかかるストレスが予測できるため、特に予行演習などをすることもなく、その授業がどの程度IT化できるか計画を立てられるためです。これだ!と思い、科学研究費を申請し、実験の準備をして新年度を迎えようとしたまさにその時でした。新型コロナウイルス感染拡大によって大学は閉鎖され、待ったなしで遠隔授業が始まってしまいました。学生全員が高度にIT化された授業を受講するわけで、当然ストレスがかかるはずなのですが、遠隔授業では生理学的データは取れません。加えて、学生全体がIT化授業を当たり前と感じるほどの経験をしてしまったので、もはや授業のIT化の前後でストレスの変化を図ることはできませんし、そもそも授業IT化によるストレスを測ること自体に学問的な意味が見いだせなくなってしまいました。つまり、昨年度の研究は死に体になってしまたわけです。
 研究紹介どころか愚痴になってしまいましたが、新型コロナウイルスの蔓延による世界規模の社会変革は、もちろん例外なく私たち研究者にも変革を迫っています。新しい生活様式ならぬ、新しい研究様式とはどのようなものなのか、心理学にとどまらず、今後の科学や研究の在り方が問われていると言えるでしょう。

【引用文献】
1. 伊藤圭一 (2017) クリッカーを使った教養教育に関する一考察. Bulletin of Toyohashi Sozo Junior College. 34: 17-25.
2. 中野敏行、山口昌樹(2011)唾液アミラーゼによるストレスの評価. バイオフィードバック研究. 38(1): 3-9.