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通信20 NGワードは「合わない」


静岡産業大学 非常勤講師 小林正宗

ある病院が、従業員の満足度調査をした。看護師やコメディカル(放射線技師、臨床検査技師等)一人ひとりに話を聞いたところ「もっと病院として進むべき道を明確に示してほしい」との不満が多かった。そこで、スタッフ全員の進みたい方向性を見極め、病院管理者層が思い描く病院像をあぶり出し、それらを統合して経営理念を作り上げた。病院スタッフが望んでいたとおりの行動指針を整備したので、当然満足度が上がるかに見えた。だがふたを開くと「病院と方向性が合わないので辞めます」という職員が続出した。スタッフ全員の意見を取り入れたはずなのに、なぜ満足しないのか? そこに現代の病理がある。

辞めるスタッフは、口々に「合わない」という。「病院のスタイルが私に合っていない」「医師の治療方針と合わなかった」という具合だ。それはそうだ。出身地も考え方もスキルも違う人同士が集まっているのだから、全員の考えが違って当然だと思う。職場とはそもそも、考え方が「合わない」人が知恵を出し合い、お客様や同僚に「合わせる」ことに他ならない。職場に限らず社会とは、皆が他人に合わせることで成り立つものなのだ。「合わないから」といって自分を変えようとせず、自分から職場や社会を切り捨てた先にあるのは、孤独や引きこもりの世界だ。

「合わない」という言葉を放つのは若者に多いという先入観がある。だが実際に調査してみると、20代よりも30代後半以上の世代が圧倒的に多い。「この会社は条件に合わない」「うちの会社は自分の価値を認めてくれない」という不満は、バブル世代の40代半ばを頂点にした世代の特徴とも言える。この考え方の先にあるのは、自分探しだ。「きっと自分をあるがままに受け入れてくれる楽園がある」という幻想だ。だが、自分のすべてを受け入れてくれるような楽園のような職場などない。楽園のような職場を、自分で作り上げるしかないのだ。

この「合わない症候群」の背景には、自分とは違う価値観を受け入れられない、という狭い了見がある。日本はそもそも「一億総懺悔」「総中流社会」という言葉に代表されるよう、価値観を統一したいという意識が強い。だが心理学的に言えば、人は自分に似ている人に惹かれる性質がある一方で、自分にないものを持っている人に惹かれる「相補性」という性質がある。特に、体重や体格、性格、気質など、遺伝子の情報から決まる要素には相補性の原理が働きやすいという。つまり、人は元々違う価値観を受け入れるようにできているが、後天的な影響で違う価値観を認められなくなっていると言えよう。

故ジョン・F・ケネディは、米大統領の就任演説でこう話した。「And so, my fellow Americans ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.(親愛なるアメリカ国民よ、アメリカがあなたたちに何をしてくれるのかを聞くのではなく、アメリカのために自分たちが何ができるのかを尋ねてほしい」。つまり、自分に合う社会を作っていくのではなく、社会に合うように自分が努力してほしいと訴えているのだ。多様な価値観すべてを必ずしも受け入れる必要はなく、自分と違った価値観を理解して両者が共存できるように努力するだけでいい。相手に何かを望むのではなく、自分が相手にできることをやる――その精神こそ、大震災後の日本にも重要ではないかと感じている。