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通信19「ほめる」ことの心理的効果


静岡産業大学 非常勤講師  合田美穂

最近、学校関係の方と、子どもに対して「ほめる」ことの効果について、お話をすることが多い。筆者自身もこの効果について実生活の上でも実感することがある。

少し話がそれるが、筆者は、いろいろな場面で学生野球に関する話をさせていただく機会も多い。その中でよく話題にでるのが、近年の高校野球の変化である。高校野球を見ていて実感していることの1つに、指導者の指導方針の変化がある。スポーツ根性型の怖くて厳しい指導者が少なくなって、ほめ上手な指導者が増えたことである。これは、心理学の見地からいっても、いい傾向だと思っている。

2007年の夏の全国高校野球選手権大会で、佐賀北高校が公立高校として、11年ぶりの優勝を遂げた。『涙の数だけ大きくなれる!』(木下晴弘著、フォレスト出版)によると、佐賀北高校の選手たちは、試合中に常に相手チームをほめていたという。相手チームの選手のヒットに対して「ナイスバッティング!」、相手チームの投手の奪三振に対して「ナイスピッチング!」などといって、声をかけてほめていたそうである。佐賀北と対戦して破れたチームの選手は次々と佐賀北のファンになり、勝つたびに佐賀北はそういった応援者を増やして、最終的に全国優勝を果たしたということが書かれてあった。著者の木下氏は、その理由として、「ミラー細胞(ミラーニューロン)」のパワーを挙げていた。

「ミラーニューロン」は、実は1996年に発見されたばかりの新しいもので、詳しいことはまだわかっていないが、言語、共感、他者の意図の理解などと関連があると言われている。著者の木下氏は、相手が「ありがとう」と言ってくれたら、自分にも「こちらこそ、ありがとう」という気持ちがわいてくることが「ミラー細胞」のはたらきによるものであると述べている。例えば、ほめられた相手チームの選手は、ほめてくれた佐賀北ナインを応援する。佐賀北ナインも、そうやってたくさんの人から応援されていると思うと、なおのことパワーが出る・・・・といったことである。そのようなプラスの相乗効果は、まさに「ミラー細胞」の効果ではないか、ということであった。筆者は、このように相手チームの選手をほめるような指導をしていた佐賀北高校の指導者も、おそらくほめ上手な指導者であり、ほめることで選手のやる気を引き出してきたに違いないと思っている。

「ほめることで、やる気を引き出す。」この考え方には一理あるといえる。逆説的な話になるが、よく周囲から叱られたり注意されることが多い子どもは、自信を失ってしまったり、自尊心が傷ついてしまったりして、ますますやる気が出なくなってしまい、その結果、ますます叱られるようになるという話は、実に多い。ひどく叱られたことで、「今度こそ挽回するぞ!」「頑張って見返してみせる!」というように、やる気をみせる子どものほうが少ないとも言われている。何かの行動を学習させるには、「歩き回ったらダメ!」「うるさい!黙りなさい!」「散らかさないの!」と言って、否定的な言葉や大声で叱って教えるよりも、「座っていることができてエライわねぇ」「電車の中でしずかにしてたね。すごいわ」「おかたづけできたね。よくやったわ」と言って、ほめることの方が、ずっと効果的だと言われている。

ほめることの効果は子どもや高校生に対してだけではない。目標まであと一歩というところまでしか業務を達成できなかった部下に対して、上司が「何をやっているんだ。達成できないなら、ゼロと同じだ」厳しく叱責するよりも、いいところをほめて、「あと少しだ。その調子でがんばれ」と激励するほうが、部下のやる気を引き出すことができる。ミスを犯した社員を対象に、行き過ぎた懲罰的な「日勤教育」を実施することよりも、勤労に対する報奨制度を設けるほうが、社員のやる気を引き出す効果があることは想像に難くないだろう。

家庭内でも同様である。例えば、夫が妻に対して、妻がいつもやっている炊事や子育て、完璧にできている掃除などを、できて当然だとして一切ほめることもないまま、至らないところだけを見つけては「シャツにしわがよってるぞ。何をやっているんだ」、「風呂のお湯がぬるい。ちゃんと調整してるのか」などと叱りとばしたりすることは避けるべきである。手料理に対しても、黙って食べて席を立つのではなく、せめて「ごちそうさま」という言葉くらいは必要だろう。特に家事労働は、会社などでの業務と異なり、努力してやったことが、結果として反映されにくい。家族によるねぎらいや温かいほめ言葉があるからこそ、家事をやる人は、家事に対するやりがいを感じられるのである。

「うちの子は、ほめることが全然なくて、叱ることばかり」ということだってあるかもしれない。しかし、人には、ほめるに値することは何か必ずあるはずだ。「できて当然のことだから」、「そんなことはだれもができていることだから、ほめるに値することではない」といって、ほめないでいるのが普通になっていたり、人のよくない行動に対して否定することや叱ることが習慣になっていたりしている場合は要注意である。

「情けは人のためならず」という言葉と、「ほめる」こととは大いに関係がある。ほめてもらった人は、「ほめてもらったから、もっとがんばろう」、「ほめてくれた人の期待に応えたい」と思って、意識的にも無意識的にも、やる気になれるのである。ほめ言葉は魔法の言葉といっても過言ではないのである。