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『道具を使うカラスの物語』翻訳の裏話


特任教授 須部宗生( 言語学)

 
 私は英語教師として英語を教える傍ら、翻訳活動も行ってきたのですが、内容的にはあまり興味の持てるものではないことも多く、あまり楽しい活動とは言えませんでした。しかし、今回の翻訳は違いました。なぜなら私は動物、特にカラスには特別の思いやこだわりがあったからです。今振り返ってみますとこの私のカラスに対する興味こそが今回の翻訳出版につながったとつくづく思われるのです。今回は本書の巻末にも私が載せた「翻訳者あとがき」を中心として、私のカラスとの出会いや本書の内容を紹介したいと思います。
 私がカラスに興味を抱くようになったのは、特にここ5年ほどのことです。以前から野外で趣味としての狩猟中カラスは頻繁に見かけました。しかし私の主な狩猟の対象はカモなどでしたのでカラスはほとんど無視していました。
 でも数年前、私の住む町のある牧場でカラスの被害が多発し、役所を通して私が所属する猟友会に駆除の要請がありました。私はさっそく町はずれのその牧場に向かいました。牧場主の話によれば、カラスが大群をなして朝一番で牛舎の牛を攻撃し、子牛が目や尻を突かれ、その傷が化膿し死んだり、牝牛の乳房がカラスのくちばしで切り裂かれ、乳の出が悪くなったりしたそうです。また近くの豚の牧場でもカラスにエサを横取りされるなどの被害が出ていました。
 というわけで軽い気持ちで駆除要請を引き受けた私でしたが、実際に行動を起こしてみると最初はほとんどカラスが獲れませんでした。なぜなら本書のカレドニアガラスと同様、カラスは高度な学習能力、記憶力、柔軟な思考力、言語能力、社会性や強い好奇心があったからです。皆さんはにわかに信じないかもしれませんが、カラスは私の車を覚え、従業員の車には反応しない彼らが私の車を見ると一斉に逃げ出しました。しかしそんなカラスにも弱点はありました。それは彼らの高い能力を逆手に取ってカラスをおびき寄せることができたことです。具体的にはカラスのデコイ(模型)を手作りしたり、CDに焼いた幾種類かの概念を意味するカラス語によるカラス・コールを使いました。この結果私の駆除は効果を上げ牧場での被害は激減し牧場主からは大変感謝されました。
 いすれにせよ、これをきっかけとして私のカラスへのこだわりは大きくなり、カラスに関する国内外の書籍を読みあさりました。今回私が翻訳した書もそのような中で出会いました。私は本書の試訳を終えカラス博士と呼ばれる宇都宮大学農学部の杉田勝栄先生を訪問し相談しました。すると先生は、「たいへん面白く、学術的にも意義が大きいと思うのでぜひ翻訳を進めるべきだ。」と激励し、先生が紹介してくれた東京の緑書房の評価もいただき、今回の出版が実現しました。
 本書では、道具を使うだけでなく、作り、加工するカレドニアガラスの能力が、現地での豊富で綿密なフィールドワークを通して紹介されています。またカレドニアガラスが持つ様々な能力について調べた、オークランド大学やオックスフォード大学、ワシントン大学などの研究者による的確な実証が紹介されていますが、いずれも驚くべき結果が示されています。さらには本書に掲載されている美しい写真や挿絵からカレドニアガラスの生態や、カレドニアガラスが実験に挑む様子を楽しみながら知ることができる点も本書の魅力だと思われます。ぜひ皆さん本書をご購入の上ご意見やご指摘、またカラスについて発見した古語などがありましたらご一報いただけたなら、翻訳者として何よりの喜びです。特に今年からは自由に使える時間も増える私は今後もその他の書の翻訳も続けるつもりです。