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赤ちゃんは困っている人を助けるのか:援助行動と善悪の判断


教授 菊野春雄 (発達心理学、認知心理学)

 人間の赤ちゃんは、他の哺乳類に比べ、依存的であり未熟であると考えられてきました。この数十年の間に、赤ちゃんについて研究が行われるようになり、多くの新しい事実が発見されています。その結果、赤ちゃんは我々が予想した以上に主体的であり、感覚・記憶・理解・推測など多くの能力を持って生まれてくることが明らかになっています。
 それでは、赤ちゃんは自分の周りの人をどのようにとらえているのでしょうか。赤ちゃんは、目の前の相手が困っていればその人を助けようとするのでしょうか、また相手の人がとっている行動が善か悪かについても判断できるのでしょうか。本稿では、赤ちゃんによる他者への援助行動と善悪の判断についての研究を紹介しながらこれらの問いについて考えていきたいと思います。

 赤ちゃんは困った人がいると助けようとするのか?
 赤ちゃんは目の前に困った人がいると助けようとするのでしょうか。ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の所長であるマイケル・トマセロ博士は、目の前の相手が困っている時に赤ちゃんは援助の手を差し伸べるのかどうかを調べています。このような行動は、見返りのない利他行動とも呼ばれています。それでは、どのようにしてこの利他行動を調べるのでしょうか。
 トマセロは、乳児を対象に以下のような実験で愛他性を調べています。乳児の前で、両手いっぱいの資料を持った男性(実験者)が、ロッカーの前に立って困っています。その時、乳児が何をするのかを観察しました。すると、乳児は一瞬間考えて、実験者の前のロッカーの前に行き、ロッカーの扉を開けて、男性に視線を向け、男性の行動を待った。そして、その男性がロッカーに資料を入れると、乳児は笑顔を見せました。
 また別の実験課題では、男性(実験者)が干し物をしているときに、手の届かないところに物を落としました。乳児は、男性が落とした場所に近づき、その物を拾って男性に手渡した。これらの結果は、赤ちゃんであっても、いろんな場面で自発的に利他的な行動をすることを示しています。

 赤ちゃんは人の行った行為が善か悪かを正しく判断できるのか?
 それでは、赤ちゃんは、相手の行動や仕草を見て、その行動が望ましいのかどうかを判断できるだろうか。これについては、エール大学のポール・ブルーム教授が以下のような研究を行っています。
 ひとつの実験課題では、6か月から1歳の乳児に「円」「三角形」と「四角形」のキャラクターからなるストーリーを見せました。ストーリーの内容は以下の通りです。「円」が丘に登ろうとすると、四角形は円が登ろうとするのを助けます。他方、円が登ろうとすると、三角形は円が上るのを邪魔します。乳児がこのストーリーを見た後で、四角形(善)と三角形(悪)を赤ちゃんの前に置き、乳児がどのキャラクターを選ぶかを観察しました。その結果、赤ちゃんは、四角形を選ぶことが多く見られました。赤ちゃんは、他人を助けたよいキャラクターの四角形を好むことを示しています。
 さらに別の課題を使って実験をしています。乳児の目の前に緑の服を着たウサギの人とオレンジの服を着たウサギとトラの3つの人形が現れます。そして、トラが箱のフタを開けようとすると、緑の服を着たウサギがフタを開けるのを邪魔します。他方、オレンジ色の服を着たウサギはトラがフタを開けるのを助けようとします。その後、乳児に緑の服を着たウサギとオレンジの服を着たウサギを差し出すと、乳児は緑の服を着たウサギを無視し、オレンジの服を着たウサギを抱っこしようとすることが見られます。
これらの実験の結果は、赤ちゃんであっても、相手の行った行動が善か悪かを正しく認識できることを示しています。赤ちゃんは、6か月ごろにはすでにものごとの善悪の判断ができるようです。

 赤ちゃんの利他性を育てる社会
ドイツのミュンヘンに行ったときに、地下鉄の掲示板を見ていると、見知らぬドイツ人が心配そうな顔をして丁寧にな説明してくれました。別の日に、バスの停留所への行き方を尋ねると一緒に正しい停留所まで連れて行ってくれました。ドイツに在住していた日本の友人にこの話をすると、その友人もドイツでは同じような経験をしたことが何度かあると嬉しそうに話してくれました。赤ん坊が持って生まれた利他性を開花させるためには、豊かな社会を育てることが重要なのかもしれません。