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『 ' 三国志 ' のローカル化』


准教授 葉口英子(広告論、音楽学、メディア論)

 私はいわゆる‘三国志オタク’ではないのだが、なぜか三国志に関連したマンガ、映画、アニメ作品を多く所持している。たまに熱心にプレイするゲームやネットゲームも同じく三国志をモチーフとしている。このように、特に三国志に思い入れのない私のような人間でも三国志に関連したコンテンツに触れる状況があるのだが、実は、現在の日本には、三国志を題材としたものが数多く存在する。それらの作品は、マンガ、映画、アニメ、ゲームといった多種のメディアにおよび、さらに一つのコンテンツが複数のメディアで展開されるメディア・ミックスの形で多くの人たちに享受されている。

 日本では、中国の歴史であり、文学小説である『三国志演義』、『三国志』は古くから知られているが、特に戦後から、吉川英治の小説『三国志』、横山光輝のマンガ『三国志』、NHK番組の『人形劇三国志』といったマス・メディアを通じて大衆化が進み、人びとに広く親しまれてきた経緯がある。中国の三国時代の魅力ある英雄や武将たちが覇権を争う群雄割拠の様子を描いた壮大な物語は、多くの人を惹きつける格好の題材であることはいうまでもない。

 しかし、近年の日本における三国志を題材とした作品は、昭和期のそれらと様相が異なっている。例えば、『BB戦士三国伝』は、マンガ、プラモデル、テレビアニメ、ゲームで展開されたSDガンダムシリーズの一つとして人気を得たが、おなじみの武将たちはモビルスーツを着たスーパーロボットの姿だ。また、同じくメディア・ミックスで提示された『一騎当千』は、舞台は学園で、登場人物は三国志の武将なのだが、皆女子高生であったりする。双方の作品とも『三国志』や『三国志演義』をモチーフとして物語が構成されているそうだが、中国の史実や小説に基づいた内容を踏襲しているというよりも、日本独自の文脈で蓄積され、解釈された‘三国志’の流用であると考える。

 つまり、近年の日本に溢れている一連の三国志を題材とした作品とは、国内で発展してきた‘三国志’の二次創作であり、さらには、その二次創作から派生した三次創作ともいえる表現や解釈で成立している内容も数多く見受けられるのだ。こうした日本における三国志の流用現象はまさに現在進行形で体感できる。

ところで、私がこの日本における三国志の大衆化、ローカル化を興味深く感じるのはなぜか。それは、他国に由来する文化が、国境や言葉の壁を超え、時代や社会も異なる土壌で、ドメスティックなものへと変容する過程に対する尽きぬ興味である。秋の夜長に、そんなことを頭の片隅におきながらゲームを分析したいと思うのだがなかなか適わない現実がある。いや、ただ単純にゲーム(ちなみに『真・三国無双』シリーズ)がしたいだけな気もするが…。