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無観客試合から考えるスポーツ観戦の多様性とマーケティング志向


講師 大西孝之(スポーツマネジメント、スポーツマーケティング)

 2014年3月23日に行われたJ1リーグ第4節の浦和レッズ対清水エスパルス戦がJリーグ初の無観客試合として開催され、世間を賑わせました。この無観客試合の開催は、ご存じの通り、第2節の浦和レッズ対サガン鳥栖戦で、レッズの一部のサポーターが“JAPANESE ONLY”という差別的なメッセージと受け取れる横断幕を掲示し、それをレッズが試合終了後まで撤去できなかったことに対して、Jリーグが制裁として決定したものでした。私のゼミ生の一人がエスパルスのサポーターで、この試合を観戦するつもりだったようですが、無観客試合の決定により予定の変更を余儀なくされたそうです。

 一部報道によると、このサポーターが横断幕を掲げたのは、レッズのゴール裏に外国人の観客が混じることで応援の統制が取れなくなることに対して、他の人には入ってきて欲しくないという意図があったとされています。これが本当なのか、単なる言い逃れなのかはわかりませんが、また言い逃れであったとしても差別的な理由と受け取れることには変わりがありませんが、実際に試合そのものよりもレッズのサポーター達を見に来る外国人の観客が増えているという報道もありました。

 もちろん受け手が差別的であると感じる行為や言動はあってはならないものであり、このことはいくら強調しても強調しすぎることはありません。しかし、本稿では少し視点を変えて、この問題を捉えてみたいと思います。つまり、真にマーケティング志向でスポーツイベントのマネジメントをしていれば、このような問題が起きなかったのではないか、さらにはもっとスポーツ観戦が魅力的なものになるのではないかと考えます。

 スポーツイベントを見に来ている人々を観察すると、それぞれの楽しみ方で時間を過ごしていることがわかります。例えば、じっくり試合観戦したい人、家族の団欒の場として使っている人、選手に声援を送り続けたい人など、観戦スタイルは人によって実に多様です。試合そのものよりもサポーターを見るというのも一つの観戦スタイルといえます。スポーツイベントでは、映画館のように皆が一様に静かに見て楽しむというわけではありません(最近では、コンサートやライブを映画館で見るライブビューイングというものがあり、そこでは全員が静かに見るということは当てはまりません)。また、同じ人でも、ある時は家族と楽しみ、またある時には声をからして応援するといったように、時と場合によって観戦スタイルが変わることもあります。

 そして、時には自分とは異なる観戦スタイルをしている人が近くにいると煩わしく感じることがあるかもしれません。例えば、選手の一挙手一投足を楽しみたい人の横に騒がしい人がいると、観戦に集中できず不愉快になるかもしれませんし、その逆も然りです。試合を通して熱く声を上げて選手をサポートしている人達の横に、そうでない人がいると良い気分にはならないでしょう。私も学生時代にゴール裏で試合を通して声を張り上げていたことがありますが、そのような気持ちになったことがあります。このように観戦スタイルが異なる人が混ざることにより、お互い不愉快な気持ちとなってトラブルが発生することがあると考えられます。また、その結果として試合観戦に満足できなかった、さらにはもう二度と行きたくないと感じてしまう人もいると予想できます。前述の報道の内容を鵜呑みにすれば、このような状態を放置していた結果、今回の問題があったといえます。

 ここでマーケティングの基本的な考え方の一つをご紹介すると、「お客様の求めるものに基づき、お客様にどのような商品やサービスを提供するのかを考えなければならない」というものがあります。当然、求めるものが異なると、求めるものに応じて異なる商品やサービスを提供しなければなりません。そうでなければ、お客様は商品やサービスを手に取ってくれませんし、仮に手に取ってくれてもその商品やサービスに満足してもらうことは難しくなります。マーケティングの用語で記すと、顧客をセグメンテーション(細分化)し、セグメントのニーズ(欲求)にかなったマーケティングミックスを提供しなければならないということになります。こう書くと難しい印象を持たれるかもしれませんが、冷たいお茶を求めている人には冷たいお茶を出し、熱いお茶を求めている人には熱いお茶を出すというような極めてシンプルなことです。逆に、お客様の求めているものに関係なく自分たちが提供できる製品やサービスを提供することを、「マーケティング志向」ではなく「製品志向」「販売志向」などといったりします。

 この考え方に基づき、スポーツイベントで異なる観戦スタイルをもつ人達が混ざっている状況を解釈すると、スポーツイベントの主催者は必ずしも「マーケティング志向」ではないということになります。つまり、真にマーケティング志向であるならば、同じスポーツイベントというサービスを消費している中でも、じっくり観戦したい人達にはそのための環境を、家族でゆったり過ごしたい人達にはそのための環境を、そして声をからし飛び跳ねて選手をサポートしたい人達にはそのための環境を提供するはずです。

 しかし、スポーツイベントの席割は、おおむねフィールドや選手との近さや見やすさで区分されており、そして近ければ近いほど、見やすければ見やすいほどチケットの価格が高くなるように設定されています。ざっとJリーグの各クラブのウェブサイトを見たところ、柏レイソルやコンサドーレ札幌、そして浦和レッズでも各席種での観戦の楽しみ方に触れられていますので、一定の配慮はなされています。しかし、じっくり見たいと考えている人でも価格の安さを優先してしまうと必然的に熱狂的なゴール裏になってしまい、やはり異なる観戦スタイルの人達が混ざってしまうことになります。

 席割を細かく設定するとコストがかかってしまいますが、トラブルが起こったり、お客様が離れたりしてしまうリスクを考えると、決して高過ぎるものではないと考えます。また、どの席でどのように観戦を楽しめることができるのかを明確に示すことは、本来、形がなく、事前に試してみることができないという特性をもつサービスを、より具体的なものにし、お客様に安心してサービスを購入してもらえるようになります。また、観戦スタイルが違うことによる観戦中のストレスを軽減することにもなり、満足度の増加にもつながります。

 本稿で主張したいことはマーケティング志向の重要性であり、スポーツイベントの主催者がマーケティングを理解していないということでは決してありません。実際、スポーツイベントの主催者の様々なマーケティングの取り組みから、私自身多くのことを学んでいます。しかし、スポーツを観戦するという一つのサービスの消費であっても、そこに多様な動機やスタイルが存在していることが、スポーツマーケティングを難しくしています。そのため、マーケティングでは基本的なことですが、常に自身がマーケティング志向であるかどうかを問い続けなければ、お客様にとって適切な取り組みができず、それが差別的な内容の横断幕を掲げさせてしまうような結果にもつながってしまうと考えさせられた出来事でした。