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震災復興ボランティアとして感じたこと


教授 須部宗生(日英表現比較 小学校英語教育)

 私は夏休みを利用して震災の個人ボランティアとして友人とともに今まで2回福島県いわき市を訪問したが、何よりも自分のためのいい経験になったと感じている。

 いわき市は津波の被害も大きかったが、何といっても放射能漏れを起こした福島原発に近く市民の不安はなお続いている。現地のいわき市では市役所の近くの「いわき市社会福祉協議会」が本拠地となってボランティア復興活動を行っている。ボランティアは夏休みということもあり若い学生が多かったものの私たちのような年配の人たちも少なくなかった。事前に浜松市役所を通して申し込みをしておき、車で現地入りしその足で社会福祉協議会に立ち寄り翌日以降の作業のための仮予約を取った。その日はペンションでゆっくり休みボランティア活動のため翌朝社会福祉協議会に集合した。そこには長期に活動している人たちがそれぞれリーダーとなって活動していて、約15人ほどのグループに分かれ車に分乗して各現場に向かった。

 私たちは年配者と判断され、力仕事は若い学生たちに任せ、主として被害家屋の庭の後片付けの比較的軽い作業などを行った。私たちが作業した家は全壊は免れ、一部の家財道具は損壊の程度は低いものの土砂が入り込み、家全体として住める状態にはないと判断されほぼすべてのものを廃棄することとなったようだった。個人情報保護のためルールとして、ボランティアは決して家主とは会うこともないし住んでいた家族に関しては何も知らされることはない。しかし作業を進めるにつけ「この家に住んでおられた人はどんな思いで平成23年3月11日の震災を迎えたのだろうか、その後元気で暮らしているのだろうか。」などと思わず考え込んでしまった。また自然災害に対する人間の無力さと、たまたま今回の震災は東北地方を襲ったものの自分の住んでいるところに起こっても不思議ではないとつくづく実感した。

 ボランティアに行く計画を家族に告げた時は「若くないし体でも壊したらいけないからやめたほうがいい。」と女房にも娘にも反対された。しかし具体的には大した作業はできなかったが、やはり参加してよかったと今あらためて感じている。正直言えば団塊の世代に属する私は最近特に衰えを感じ始めていた。しかし震災復興ボランティアの活動を通し特に感じたことは、「自分の人生も一寸先は何があるのかわからない。だとすれば今という時を精一杯生きるべきだろう。」ということだった。事実最近の私には特に仕事でも研究でも趣味でも意欲がどんどん湧いてきているのである。今年はできればゼミ生を連れていきたいと思っている。なぜならこの震災復興ボランティアの活動を通じて学生は生きることに前向きになり勉学意欲がきっと増すのではないかと考えているからである。私はボランティア活動は「人助け」というような、いわゆる、かっこいい、きれいごと以上に、何よりも自分探しのいい経験になると思っているのである。