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ウェーバー・フェヒナーの法則 ~学びの中の「気づき」を考える~


准教授 藤田依久子(社会心理学,臨床心理学)

 先日、様々な分野の達人たちを紹介するテレビ番組があった。その中で、筆者が最も注目したのは、魚を同じ重さに切り分けることができる、という技術を持った人だった。彼は、魚を同じ重さに切り分けていたのだが、当然、魚だから形が均一ではない。だから、腹の部分は薄く切り、尾びれの方にいくにしたがって厚く切らなければならない。しかし、その人は、かなり正確にこの作業をこなしていた。

 人間の「感覚」を正確に「量化」する、という事は、かなり困難だ。物理的な量であれば、様々な秤(はかり)で計測することができるのだが、人間の感覚という事になると、個人差があるし、その日の体調や天候等のコンディションによっても感じ方が違ってしまう。

 エルンスト・ウェーバー(1795-1878)というドイツの心理学者が、1834年に『ウェーバーの法則』なるものを発見した。これは、人が錘(おもり)を持ち上げる、という実験で、錘を持ち上げる際、錘の重さの変化を感じ取ることができるのは、何g増えたか、という事ではなく、何倍になったか、といった比に依存している、という事を発見したものである(⊿R(弁別閾)/R(刺激量)=K(定数))。このKを「ウェーバー比」という。

 弁別閾というのは、2つの刺激強度を比較して、その差を感じ取ることができる値域のことを言うのだが、弁別閾の刺激強度に対する比が一定の値を取るという事である。
 例えば、100gの錘を手に乗せて、少しずつ錘を重くして110gになった時に初めて「重くなった」と感じる人は、初めに200gの錘を手に乗せた場合は、これが220gにならないと「重くなった」とは感じない。つまり、210gになった時や215gになった時も、200gの時との違いを感じ取れないのである。

 エルンスト・ウェーバーの弟子のグスタフ・フェヒナーという人は、人間の「感覚量(心理量)」は、刺激強度の対数に比例する、という事を主張した。これを、「フェヒナーの法則」という。

E(感覚量)=k(刺激強度)

 この法則は、ウェーバーの法則から導き出されたので、「ウェーバー・フェヒナーの法則」とも呼ばれている。

 人間の感覚において、ウェーバー・フェヒナーの法則が成り立っていることを仮定して決められたのが、星の明るさの「1等星」「2等星」といった分け方だ。夜空に見える星の一番明るい星を1等星、一番暗い星を6等星としてその間を等比に分けた。その為、6等星の明るさを1とすると5等星の明るさは(2.512)、4等星の明るさは(6.31)、3等星の明るさは(15.851)、2等星の明るさは(39.81)1等星の明るさは100となる。
 星の等級は、1等級変わると、100の5乗根倍変わるわけである。だから、等級差が5等級あると、物理的な量で言うと、ちょうど100倍の違いになるわけだ。しかし、人間の感覚では、このように分けると等間隔に分けたように感じられるという事だ。

 ウェーバー・フェヒナーの法則が成り立つ「感覚量(心理量)」には、重さ、音、味、匂い、明るさ、寒さ暖かさ、お金、時間などが考えられる。ウェーバー・フェヒナーの法則は、同一感覚上の法則なのだが、一人の人間の「他の感覚」にも繋がっているのではないか、と筆者は考えている。

 例えば、騒音の中や悪臭の環境では、音や匂いに関する感覚だけではなく、他の感覚も鈍くなるのではないかと思う。

 「分かる」という事は、分けることができる、という事である。筆者にとっては、野草はどれも同じようにしか見えないが、筆者の母は、これらを見分けることができる。また、筆者にとっては、どれも同じように見える虫でも、昆虫学者の目から見ると、細かく見分けられているだろう。これが「知識」というものである。知識があるかないか、というのは、細かいところが見分けられるかどうか、という事なのである。

 「人が学習をする」というのは、細かいところが分けれらるようにすることである。だから、学習する際には、できる限り「りきみ」を取って、「感覚を鋭く」する必要がある。

 ここでは、楽器を演奏する、という場面を考えてみると、弾くことに意識が強く向かい過ぎて、いわゆる力んでいる状態になると、自分の出している音の細部が聴こえないという事になる。

 だから、楽器を演奏する人は、自分の演奏を録音して後で聴いてみるように、と指導されるだろう。そうすると、演奏している時には気付かなかった音が聴こえてきたりする。上達するためには、自分の出している音をしっかり聴いて、それに磨きをかけることが必要なのだが、力んでいると、聴こえなくなってしまうのだ。さらに厄介なことに、ウェーバー・フェヒナーの法則によって、力んでいること自体が、感じられなくなってしまうのである。

 こうしたことを打開していくためには、日常生活の中で、いろいろなことに「気付くこと」が必要だ。楽器の演奏をする時だけとか、勉強をする時だけ、これらのことに注意を向けても難しいだろう。そういう意味で日常生活の中での「気づき」の重要性を強く感じている。