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国造りを手助けしよう -- 息子からの南ス−ダン報告 --


教授 教授 森戸 幸次 (国際関係論、中東地域論)

 7月に独立したアフリカの国・南ス−ダン、といっても日本にはあまり馴染みがない「遠い国」かもしれない。「ス−ダン」とは、アラビア語で黒人を意味するように、ブラックアフリカ人のキリスト教徒を主体にした新興国だが、1956年に英国から独立して以来、アラブ人のイスラム教徒を主体にした北部地方とともに「ス−ダン共和国」として一緒に国造りの道を歩んできたが、今年1月の住民投票でついに“離婚”することになった。

 国連193番目の加盟国となった新国家は、旧ス−ダンの国土24%(65万平方キロ、日本の1.7倍)だが、国造りを担う国民は新首都ジュバ(50万人)を中心に826万人を数える。大半が1日1ドル以下の最貧困ラインの生活で、国連や宗教団体、NGOなどからの食糧供給に依存している。妊産婦の死亡率は世界で最も高く、成人の非識字率は75%以上に達する。道路、橋、空港、通信などのインフラは未整備のままだ。国連は「暴力の増加や市民の迫害、人道危機などが差し迫っている。この潜在的な可能性を秘めた新国家が繁栄し、自立した責任を負える国家に成長するよう、支援する」として、日本にも空港や道路などインフラ整備で貢献するよう要請している。

 確かに医療や教育等の人道支援は急務に違いない。私の次男(33)も今年6月、ジュバから南西650キロ離れた中部ワウ地区に日本から単身で移り住み、人道援助活動にいそしんでいる。時折受け取る現地からの便りには、日本では想像できないような現地体験が綴られている。
「私が現地入りのため乗った飛行機はオンボロで、座席が破損、着陸の時、機長が神様に祈りを捧げながら、土の滑走路に着陸、飛行場のあちこちに着陸に失敗した飛行機の残骸が残されており、人間の富・名誉・名声のはかなさを実感した」。
「今日会った4人は、南北の内戦中に逃げ遅れてワウに取り残され、50代の男性は栄養失調のためか完全に両目を失明、でも、この人は行き交う人々から寄付を集めては他の身体の不自由な人や耳に障害のある老人ら3人と助け合って生きています。朝食は提供され、1日10ドル必要だが、他の食事は自前で賄わねばならない。福祉制度はないようで、日本の明治時代のように宗教家たちが人道支援している。この人たちは辛い体験に遭っても明るい笑顔を失わず、障害を持った人たちがお互いに支え合い、肩を寄せながら1カ所で暮らしている点は、日本の福祉制度よりも優れていると感じた」。

 この国の豊富な資源は産油量49万バレル/日、埋蔵量も67億バレル以上といわれる石油。ス−ダン油田地帯の8割を抱え、石油配分や国境画定などでの北部政府との協調がこの地域の平和と安定に不可欠だ。日本はすでに国際協力事業団(JICA)を通して農業支援等を実施しているが、新たに国連からは、自衛隊によるPKO(平和維持活動)への参加も求められている。