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コンビニ文化の伝播


准教授 柯 麗華 (流通論 マーケティング論)

 小売業態の購買頻度に関する調査を授業内で実施したら、コンビニでの週毎の購買頻度の平均値は3回という結果が出た(2010年11月に実施、標本数138)。日本の若者にとってコンビニは、生活のために欠かせない存在となっているようである。しかし、コンビニの生成と発展について知っている人は非常に少ない。

 そもそもコンビニの歴史は古い。1927年に、アメリカのテキサス州で氷の製造販売を行っていたサウスランド・アイス社の店舗マネジャーは、顧客の要望に答えるため、週7日の長時間営業に乗り出し、氷販売と関連性のない卵、牛乳、パンなどの商品も扱い、顧客の好評を得た。やがて、同社は大恐慌から第2次大戦までの激動期を乗り越え、1946年に店名を「7-Eleven」として再出発した。その時、時間的コンビニエンス、距離的コンビニエンス、買物的コンビニエンスというこの業態の基本的なコンセプトが確立された。

 一般に小売業は、基本的に地域に密着した産業である。そして、一定の経済水準に達すれば、どこの地域でも同じような業態の小売業が出現するといわれている。日本にも1960年代後半にコンビニが登場した。当時の日本では、高度経済成長を背景にスーパーが急成長していた。そのため、スーパーの出店で多くの中小零細の小売業者は、大きな打撃を受けた。そこで、政府は、大型店化しているスーパーの脅威から中小小売業者を保護するために、彼らのコンビニへの業態転換に積極的な行政支援を行った。

 日本での最初の実験店舗は、マイショップとKマートによって1969年と1970年に相次いで開設された(矢作敏行(2002)『コンビニエンス・ストア・システムの革新性』日本経済新聞社)。また、日本におけるコンビニ業態の発展に、セブン-イレブン・ジャパンが重要な役割を果たしており、業態革新、協業体制の確立、経営情報システムの構築というシステムを作り上げ、業界のリード役を演じ続けている(川辺信雄(2003)『新版セブン-イレブンの経営史』有斐閣)。こうした動きに対して、同業各社はすぐさま追随し、この業態の持続的な成長へとつながった。

 そして、1990年頃には、日本国内で急速な発展を遂げながら、大手コンビニ企業は海外への進出も活発に行っている。まず、ファミリーマートは、1988年に台湾企業と連携し、現地での店舗展開を仕掛けた。次に、セブン-イレブン・ジャパンは、1989年にサウスランド社のハワイ事業部を買収した。また、1990年にはミニストップとファミリーマートが、韓国企業に技術システムを供与した。海外進出において特に注目したいのは、1991年3月セブンイレブン・ジャパンが、この業態の生みの親であり多角化事業の失敗などで経営危機に陥ったサウスランド社を買収し、その再建に成功したことである。

 ファーストフード中心の商品戦略や単品管理、協力的配送システムの構築、POSシステムなど、日本で構築された独自のノウハウがこの業態をさらに発展させた。こうして、米国で生まれ、日本で高度化されたコンビニ業態は、日本から韓国、台湾そして中国などの国々で芽吹き、各国の流通市場における成長業態の代名詞となりつつある。