グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



ホーム >  リレーエッセイ >  「科学の使い方」

 

「科学の使い方」


静岡産業大学 准教授 小栗 和雄
(運動生理学 身体組成学 健康科学)

 「科学」が注目されています。テレビでは科学に関する番組が数多く放映され、文科省の科学研究費補助金をはじめとする科学への国家予算が増えています。その背景には、ノーベル賞の日本人受賞者が増えたこと、ブラックボックスであった脳や心の深層が科学によって分かり始めたこと、そして科学は資源の少ない日本が一層の発展を遂げる鍵を握っていることなどがあると思われます。

 科学は、客観的な事実を明らかにすることを目的の1つとしています。自然や社会の中で起こる様々な現象がどうして起こるのか…、多くの科学者たちが検証を積み重ねています。ある現象について仮説を立て、同じ方法で調べれば誰でも同じ結果が得られることがわかると、その仮説は初めて科学的事実となります。人類は古代ギリシア時代から科学に取り組みはじめたと考えられていますが、科学は現在までに多くの事実を明らかにし、幸福に生きる術を我々に教えてくれています。例えば、受精卵から先天性疾患の遺伝子だけを除去することができる、車や人の振動を熱エネルギーに変換することができる、生体信号を検知して動くロボットを使うと労働負担が軽くなることなどは、身近に役立つ最新の科学的事実でしょう。

 こうした科学の賜物は万民のものであり、誰もが利用することができます。しかし、科学を正しく活かすためには、幾つかのことに留意しなければなりません。まず、科学は万能ではなく、誇張した使い方をするべきではありません。例えば、身長の遺伝率は身近な現象ですが、長く議論が続いており、研究報告によって20%、50%、95%と異なるため、未だ科学的事実として使うことはできません。ところが、テレビのバラエティ番組で、ある研究者が「身長は遺伝で決まる」と断言していました。普及の観点から科学番組が増えることは望ましいですが、視聴者の興味や視聴率を優先し、事実として成立していない仮説をあたかも事実のように断言することは、間違った科学の使い方と言わざるを得ません。我々は、様々な現象について「何がどこまで明らかになっているのか」を把握するように努め、事実と仮説を慎重に使い分ける必要があります。

 次に、過去に科学的事実とされた現象が、様々な技術革新によって事実ではなくなる可能性があることを知っておくべきです。先人から言い伝えられ、多くの人が常識と思い込んでいる現象でも、科学の進歩によって非常識になることがあります。例えば、数十年前から疲労物質と悪者にされてきた乳酸は、今や人体に不可欠な生体エネルギーになると考えられ始めています。また、擦り傷の手当てとして、傷口を消毒して乾燥させる方法が古くから行われてきましたが、近年では傷口を水で洗い、専用の絆創膏などで密封して傷口から滲み出た体液で湿潤させた方が早く治ることが科学的事実となっています。我々は、氾濫気味にある情報の正誤性を見極め、固定概念に縛られることなく、科学を大胆かつ柔軟に変えていく必要があります。

 第三に、科学は時に残酷になることを知っておくべきです。筋肉中にある速筋線維の割合は、瞬発力を決める主因の1つであり、遺伝的に決まるものとして科学的事実となっています。また、近年プロサッカー選手になるためには走力の最低基準値があり、しかも走力は15~16歳までに決まることが分かり始めています。これらの科学を使うと、思春期前までに将来的な運動能力の到達点を見極めることができ、優れた選手を発掘することができます。しかし、換言すれば、科学的な基準から漏れた子どもからプロのアスリートになりたいという夢や自己効力感を奪うことになります。我々は、使い方次第で科学が自由な意思を奪い、残酷になる怖さを知った上で、人々を不幸にしないように科学を使う必要があります。

 最後に、1つの問題提起をして本コラムを終わります。すなわち、科学をどこまで進歩させるべきなのか…という問いです。人類は一層の幸福を求めて科学を進歩させ、いつの日か生命を0から造ったり、全ての病気を治療するほどの科学力を手に入れる可能性があります。しかし、人類がその科学力を正しく使えるか否かについては疑問が残ります。例えば、クローン技術や再生医療技術は、病気の治療を主な目的として進歩していますが、生物学的興味だけでそれらの技術を改良させようとする人々がいます。科学の進歩に倫理観が追いついていないケースが見受けられる中で、悪用されるくらいなら科学の進歩を止めるべきという考え方もあます。この問題について、現在の私は明確な答えを持ち合わせていません。しかし、少なくとも我々は、科学を進歩させるとともに、それに見合った倫理感を育て、その使い方を学び続けていく必要があると思います。人類が進歩させた科学によって人類が破滅することのないように…。