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閾下知覚 (サブリミナル・パーセプション) -メディアが歴史を動かす時-


講師 藤田依久子(社会心理学,臨床心理学)

 人によって多少違いはあるが、人間には知覚することができる範囲が決まっている。音の高さ低さでいうと、20ヘルツ~20キロヘルツの音は聴こえる(可聴域:人間が知覚できる音の周波数)が、この範囲を超えた音は他の動物には聴こえても、人間には聴こえない。音の高さ低さだけではなく、音量に関しても同様で、あまりに小さい音は人間には聴こえない。視覚に関しても、ほんの一瞬だけ目に入ったものは知覚されない。知覚されないといっても、感覚器(眼や耳等)からの情報が脳に伝達されている事は確実なので、そうした情報は、潜在意識の中に入り込むのであろうと思われていた。

 1950年代のアメリカで、後に有名になる「閾下知覚(いきかちかく;subliminal perception)」の実験がおこなわれた。当時、映画館で上映されていた映画のフィルムの中に、人間が知覚できるかできないかギリギリのほんの短い間、「ポップコーン」という文字を一瞬だけ挿入したのである。その結果、売店でのポップコーンの売り上げが上がった。

 この実験は、人間が知覚できる範囲以下の刺激(弁別下刺激(べんべつかしげき)、閾下刺激)が、潜在意識を通して人間の行動を左右する事が示された事になり、当時の心理学の世界ではセンセーショナルな話題になった。つまり、自分の知らない所で情報操作をされることで、無意識に自分の行動がコントロールされる可能性が示されたことで、それはとても恐ろしい事であるという文脈で大きく取り上げられたのだ。

 映画『コロンボ』(刑事コロンボ)でも、このことが取り上げられている。映画『コロンボ』では、このサブリミナルにかなりの効果があるという事で描かれているが、その後の実験では、閾下知覚には、思想や行動を変化させるほどの強力な効果はないということが示されている。
このサブリミナル実験は、意識可能な体験とどのように関わってくるのだろう。サブリミナルが、当時、注目された理由は、サブリミナルなメッセージは、「心理的抵抗」にあわない事にあった。意識可能な体験は、与えられたメッセージが妥当なものであるかが吟味され、本人が納得した上で受容される。しかし、サブリミナルは、それがない事が問題となったのだ。しかし、意識可能な体験であったとしても、サブリミナルなメッセージがその中に隠されている場合がある。意識的に隠される場合もあるし、無意識な場合もあるだろう。

 1989年のベルリンの壁崩壊にはじまる東西冷戦の終結に、メディアの果たした影響は大きいといわれている。ベルリンの壁崩壊前にも西側の情報の一部は東側諸国に流れていた。西側諸国から流れてくるニュースの中心となるトピックではなく、周辺に映し出されている情報の中に歴史を動かした重大な情報が隠されていたのである。

 例えば、サッカーの国際試合がニュースのメインテーマであるとする。東側の人々は、サッカーの試合を見るためにその番組を見るのであるが、映し出された映像の中には観客席で応援する観客の姿も映し出されるだろう。そうすると、西側の観客の服装や表情、持ち物といったものも同時に映るに違いない。東側の人にとっては、そうしたものを見るために、その放送を見ているわけではない。しかし、一種のサブリミナルな情報として、それらは知覚されるのだ。つまり、西側諸国から流れてくる情報の中に、東側の人々は、サブリミナルな情報として西側の自由や豊さを感じ取ったのだ。そして、それが歴史を動かした一因になったのである。