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広島とカープと原爆


教授 漁田武雄(実験心理学・認知心理学)

 広島カープが2連覇した。25年も優勝できなかったことが夢のようである。私は広島生まれの広島育ちで,もちろんカープファンである。広島カープは、原爆で再起不能なまでの被害を受けた街の復興シンボルとして作られた。そして、カープがプロ野球の試合を始めた年に、私は生まれた。

 昭和20年8月6日午前8時15分広島に原爆は投下された。市内は一瞬にして廃墟と化した。私の異母兄が3人死んだ。異母兄の母親も死んだ。親類縁者を挙げればきりがないほど大勢が死んだ。本家は全滅した。父は戦地にいて被爆をまぬがれた。私の母は、まだ父と結婚しておらず、広島県の郡部に居て、やはり被爆をまぬがれた。もっともそのおかげで、私がこの世に生を受けることができたのであるが。不幸中の幸いといっては変かもしれないが、姉2人と兄1人は、被爆はしたものの爆心地から離れていたため、生き残ることができた。その時の話を聞くと何か運命のようなものを感ぜざるをえない。
 その日、上の姉2人(当時16歳と11歳)は、お使いで広島市郊外にミシンを運んで行くことになっていた。いつもはききわけの良い子だったのに、その日に限って、一番上の兄(当時6歳)が、ついて行くとダダをこねた。こんなおチビさんについてこられると面倒と、2人はこっそり出発した。しかし、どこでみつけたのか、兄は2人を追っかけて来た。それに気づいた2人は、急ぎ足でリヤカーを運ぶ。必死で追う兄。逃げる姉2人。いつもだったらあきらめて帰るはずの兄が、いつまでも追ってくる。とうとう根負けした姉たちは、兄もつれていくことにした。かなりの間追いかけっこをしたおかげで、すでに広島市の周辺部あたりにまで来ていた。その時、原爆が投下された。
 広島の人は原爆のことを「ピカドン」と呼ぶ。その名の通り、あたり一面が閃光に包まれ、そしてすさまじい爆風が襲った。実家は爆心地より西に、1キロ以内の所にあった。家におとなしく残った兄たちは、メチャメチャになった家の下敷きになった。弱々しく、「おかあちやん、助けて!!」という声が聞こえてくる。兄たちの母は全身に被爆したが、下敷きにはならなかった。小さな兄たちを助け出そうと必死になったが、どうにもならない。そのうち兄たちの声も問こえなくなっていったそうである。
 広島には七つの川が流れている。その一番西の川を渡った所にいた姉2人と兄は、被爆したものの大事には至らなかった。もっとも、後になって下の姉は、一時毛髪が全部抜け落ちたし、兄も何日も寝こんだという。数日後、2人は母と再会し、弟たちの死を知った。生き残った親類縁者が寄り添い、肉親の死を悲しみ、互いの生存を不幸中の幸いと、新しいスタートを切ろうとした。しかし、1人また1人と、体中に紫斑を出しては死んでいった。母も数日後死んだ。最後の希望の灯を失い、2人が途方にくれていた頃、父が復員して来た。もう少し父の復員が遅れていたら、3人は栄養失調で死んでいたであろう。食べ物も何も無く、鉄道に生えている草まで食べたそうである。
 5年後の同じ8月6日午前8時15分頃に、私は生まれた。一年中で最も悲しい日に生まれたことになる。小さい項からいつも「お前は3人の兄の生まれ変わりだ」といわれ続けて来た。私自身も、何となくそのように思ってきた。自分の背には3人の魂が宿っているのだと。そして、もう1つ魂がふえた。一番上の姉が肺ガンで死んだのである。50歳であった。ガンの家系ではない。
 毎年8月6日になると、全国各地から、いや世界各国から、様々な人々や団体が広島に集まってくる。そして平和記念式典が開かれる。午前8時15分になると1分間の黙祷をする。市内一帯にサイレンが鳴り、市内電車も止まる。夜には慰霊の灯篭流しが行われる。美しくも悲しい夏の風物詩である。川が赤青黄の灯篭で埋まる。数10年前、水を求めた被爆者で埋まったように。
 平和公園にある原爆慰霊碑には、「安らかにねむって下さい、過ちは2度とくり返しませんから」と刻んである。われわれは本当に過ちをくり返さないのであろうか。広島の歴代市長は、平和記念式典で平和宣言を読み、また原水爆実険が行われるたびに、抗議電報を打ち続けている。その反面、唯一の被爆国でありながら、核兵器禁止条約の際、日本は国連に参加しなかった(2017年7月7日)。今、日本は、いや世界全体が、とても恐ろしい方向に進みつつあるような気がする。

 このように、私はカープとともに、原爆記念日に生まれたわけである。平和のために、今自分に何ができるかを、もう一度考え、少しずつでも実行したいと思う。

 注記:私の本来の専門(実験心理学・認知心理学)については、応用心理学研究センター通信(2016年11月09日 )をごらんください。https://www.ssu.ac.jp/applied-psychology/161109/