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通信43「最新の心理学研究論文について」


静岡産業大学経営学部教授 漁田武雄(いさりだ たけお)
E-mail: isarida@ssu.ac.jp
URL: https://www.ssu.ac.jp/home/isarida/
 静岡産業大学経営学部の研究チーム(漁田武雄・漁田俊子・久保田貴之・日隈美代子)を中心とする研究論文が,領域で世界最高の雑誌(Journal of Memory and Language 記憶と言語の雑誌)に,今年(2018年)の4月と8月に相次いで採択されました。投稿時のインパクトファクターは5.125でした。インパクトファクターとは,雑誌の影響度や引用された頻度を測る指標でして,数値が高いほど影響力が高いと言うことになります。基礎心理学の領域の国際誌では,1.5から2.5くらいが限界で,なかなか3.0 を超えません。日本で一番権威のある心理学の雑誌である心理学研究は推定0.35です。なお年ごとに変動があります。私たちの研究チームの論文が載ることで,さらに上昇していくことを期待しています。この雑誌に論文を掲載した日本人研究者はほとんど見当たりません。40年くらい前に京都大学の研究者が載せたことがある程度です。
 論文は環境的文脈依存記憶をテーマとしています。人間は何かを暗記したとしても,暗記した情報だけを記憶しているのではありません。たとえば,電車の中で英単語を暗記した場合,英単語だけでなく,単語帳の画面,電車の混み具合,乗客の様子,車窓の風景,物音など,たまたま存在する様々な背景情報(これを環境的文脈といいます)が一緒に記憶されます。その結果,何かを記憶した場所,そのときの匂い,BGM,コンピュータ画面の壁紙(背景写真)などが,思い出すときに存在すると,良く思い出せるのです。「昔住んでいた町の公園を訪れて,小さい頃の思い出がよみがえってくる。」,「懐メロを聴くと,それがはやっていた頃のことを思い出す。」などは,環境的文脈依存記憶の例です。
 これらの環境的文脈は,グローバル環境的文脈と局所的環境的文脈に大別できます。グローバル環境的文脈には,場所,匂い,BGMなどが相当します。これらは,学習者を取り囲んでおり,学習者はこれらの環境情報をほとんど意識することがありません。それでも,思い出す手がかりとして機能します。これに対して,局所的環境的文脈は,コンピュータ環境の情報が相当します。コンピュータ画面の背景色,単純視覚文脈(背景色,文字色,文字の提示位置の組み合わせ),背景写真などがあります。
 もともと環境的文脈は,学習時の場所情報を研究対象としていました。さらに,匂い(プルーストの小説「失われた時を求めて」の影響があると思います)やBGMなども場所と同じ機能を果たすことが認められました。ところが,1990年代に入って,アトキンソン-シフリンの記憶モデルで大変有名なシフリンの研究チームが,コンピュータ画面を使った単純視覚文脈や背景写真を,環境的文脈と称して実験を重ねました。当時から今に至るまで,こんなコンピュータ画面の情報は,とても環境的文脈とは呼べないと思っています。けれども,コンピュータプログラムで実験ができてしまうため,場所(陸上と水中,狭い部屋と中庭,狭い部屋と広い部屋など)を操作する実験よりも,非常に楽に実験ができます。このためか,多くの研究者たちが追従しました。そして,ICE(Item-Context-Ensemble)理論という有力な理論も構築されました。私たちのチームの見解では,この理論には実証面に問題が山積されており,コンピュータ環境の文脈の限られた条件下でのみ適用できるものです。それでも多くの研究者たちがこのICE理論を取り上げ,支持していきました。
 今回採択された最初の論文は,場所,匂い,BGMの文脈依存効果を調べたものです。かなり幅広い条件下で実験を行いました。その結果,ICE理論ではなく,私たちのチームが提案するアウトシャイン説で説明可能であることを実証しました。この結果は,日常的な記憶現象が,ICE理論でなくアウトシャイン説で説明できることを意味しています。国際的に評価の高いICE理論を否定する論文なので,審査において,かなりの抵抗を受けると思っていました。確かに難航はしましたが,審査期間1年で採択されました。
 2つめの論文は,背景写真を対象としています。(1) 限られた条件下でのみICE理論で説明できるが,そのためにはICE理論を一部修正しなければならないこと,(2) その他の条件下では,アウトシャイン説で説明できることを実証しました。これまたICE理論に不都合な結果であるので,もっともっと難航すると思っていました。けれども,今までで最短期間の3ヶ月半で採択されました。
 いずれにせよ,コンピュータ環境の文脈実験に感じていることが,正しいことを自ら証明できたのです。日常的な記憶の現象は,グローバル環境的文脈のもとで生起し,われわれのアウトシャイン説で説明できます。コンピュータ環境の局所的環境的文脈は仮想環境であり,日常場面の記憶とは異なるメカニズムで生起します。それでも,コンピュータを用いての学習支援装置などの開発には,非常に役立つと思われます。
 現在,私たちのチームは,局所的環境的文脈を用いて対連合学習を促進する方法を開発しています。ここで,対連合学習とは,2つの情報を結びつけて学習する方法です。まず,2つの情報を結びつける事を学習します。テストでは,一方の情報を提示し,他方の情報を答えることが求められます。英単語の暗記(英単語だけをおぼえるのではなく,日本語の意味と対にして憶えます)や顔と名前を一致させることなど,日常場面で使うことが多いのです。顔と名前の記憶は非常に難しいのです。誰でも,顔を見て,その人のプロフィール(この前会った人,年齢が30代半ば,背が高い,遠距離通勤しているなど)は思い出せるけど,名前だけが出てこないという傾向があります。20世紀の環境的文脈依存記憶研究をリードしていたアメリカの研究者スミスは,既に自分たちの対連合学習促進方法を論文発表しています。けれども,彼らの方法には理論的な錯誤があるし,なにより10個の単語をおぼえるのに,150種類もの文脈を用意しなければならないという実用上の問題があります。これに対して,私たちのチームの方法では,単語の数と同じ数の文脈で十分なのです。うまくいけば,特許を取れるかもしれません。
 静岡産業大学では,授業時間外に,講義の受講生が実験室にやってきて,実験に参加します。そこで,このような最先端の心理学実験に参加でき,授業の最終回で丁寧な説明を聞くことができます。このような経験は,他のどんな大学でもできません。
 われわれの研究チームは,この領域では現在世界一です。20世紀に世界をリードしていたスミスの論文を,今は私が審査しています。このような科学研究は,経営学部や改組予定の「スポーツ人間科学部」の「人間科学」や「こども教育学科」の中心に位置づけられます。静岡産業大学では,このような世界トップの研究にもとづいて,最先端の教育を行っているのです。
 掲載論文情報
Takeo Isarida, Toshiko K. Isarida, Takayuki Kubota, Kotaro Nishimura, Moemi Fukasawa, and Kodai Thakahashi (2018). The roles of remembering and outshining in global environmental context-dependent recognition. Journal of Memory and language, 99, 111-121. doi.org/10.1016/j.jml.2017.12.001
Takeo Isarida, Toshiko K. Isarida, Takayuki Kubota, Miyoko Higuma, and Yuki Matsuda (2018). Influences of context load and sensibleness of background photographs on local environmental context-dependent recognition. Journal of Memory and language, 101, 114-123. doi.org/10.1016/j.jml.2018.04.006