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通信31「平常心」


経営学部 講師 山田悟史

スポーツをやっていると「平常心」という言葉をよく耳にします。大会や競技会で「普段通り」の心持ちでいるという意味で用いられているようです。しかし、大会で平常心を保とうと努力するだけでは、なかなか上手くいきません。平常心でいようとすればするほど緊張する、という人も多いのではないでしょうか。

有名な剣豪である宮本武蔵は「瞬間的に決することであるから、日夜、習熟して習慣化し、いざというときに平常心で当たれるようになることが兵法の急所である」と言い、柳生宗矩(やぎゅうむねのり、江戸時代の剣術家)は「心に意識したり、執着したりすることがなく、自然に身体も手も足も動いていくとき、 その名人の心は無心であり、平常心というのである」と言っています。 つまり平常心を得るためには、反復練習などにより動きが習慣化・無心化されていることが必要だと言うことです。それでも「練習では相当な力を発揮するのに、本番ではまるっきりダメ」という人も少なくありません。それは、反復の仕方に問題があるかも知れません。

宮本武蔵はさらに「戦いの場合にも心の持ち方は平常の際とかわってはならない。平常も、戦闘の際も、少しも変わることなく、偏った心をもたず、心を静かにゆるがせて そのゆるぎが、一瞬もゆるぎ止まぬよう、よくよく気をつけることである。 体が静かな時にも心は静止せず、体がはげしく動くときにも心は平静に保つこと。 心が体のうごきに引きずられることなく、体が心に動かされることなく、 精神の持ち方にはよくよく気をくばり、体のことに気をとられぬようにせよ」、「平常の身体のこなし方を戦いのときの身のこなし方とし、戦いのときの身のこなし方を平常と同じ身のこなし方とすること」とも言っていますし、 森末慎二氏(オリンピック鉄棒競技で3回連続10点満点)は「練習は本番のように、本番は本番のように」と言っています。 つまり、①練習中(平常)から常に精神状態に気を配ること、②本番を想定し精神状態をコントロールして練習すること、この2つが大切であるということです。本番で平常心を求めようとしても、平常心がどのようなものかを知っていなければどうしようもありません。ですから常に自分の精神状態を見つめ、理解しておくように努めることが必要でしょう。それと同時に、本番の体(疲れなど)の状態、周囲の状況(敵の位置など)、プレーの重要度(これが決まらなければ負ける)などを想定し、そのときに陥りそうな精神状態をイメージした上で、理想の精神状態にできるだけ近づけるように、工夫して練習することも大事です。 ただやみくもに練習(反復)するだけではなく、自分の精神状態を意識しながら練習することが、平常心を得るためには大切です。
本番での平常心のために、メンタルトレーニングなどを取り入れることも一つの方法ですが、普段の練習の中でできることから行う方が効果的です。その上でメンタルトレーニングなどに取り組むとさらに効果がえら得ると思います。

平常心のためにはその他に「決心」が必要であると宮本武蔵は言っていますが、これは別の機会にお話したいと思います。

おまけ
実は技術の習得においても同じです。江戸の三大剣術の一つである北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)の千葉周作は「体で覚えることも悪くはないが、考えて練習すれば、半分以下の練習で名人の域に達する事ができる」と言っています。実際その流派は「技の千葉」と言われるくらい、技が上手く、技の習得が早い道場として有名でした。


参考文献:宮本武蔵(著)神子侃(訳)『五輪書』徳間書店、1967年