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平成28年度静岡産業大学卒業式 記念スピーチ


 3月14日(火)に行なわれた平成28年度卒業式において、経営学部卒業生の伊藤貴広さんに記念スピーチをしていただきました。

 卒業生の門出を祝う素晴らしいスピーチでしたので、原稿を掲載させていただきます。

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伊藤 貴広氏
平成13年、静岡産業大学経営学部卒業。有限会社マルワ建工 代表取締役。一級建築士。
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卒業生の皆さん。本日はご卒業、誠におめでとうございます。ご臨席の保護者の皆様に心よりお祝いを申し上げますと共に、学長ならびに諸先生方のご功労に対し、改めて敬意を表したいと存じます。

まずは、私自身についてお話しします。私が静岡産業大学を卒業したのは、今から16年前です。現在は、焼津市で建築会社兼建築士事務所を経営しています。小さな会社ですから、私自身も設計・監理・営業・現場手伝いをしています。

数年前までは、一般住宅の新築及び増改築を主としましたが、今はありがたいことに、社寺や文化財建造物の仕事も増えてきました。また工事だけでなく、文化財に詳しい建築士として、古い建物の調査や活性化を目指す地域のまちづくりにも参加させて頂いています。

現在、清水にある次郎長生家の改修工事や、伝建地区と呼ばれる焼津市花沢の里内にある法華寺の修理調査、里内にあるいくつかの付属屋の修理設計を担当しています。また、同じく焼津市内ですが、浜通りと呼ばれる海岸付近にある古い建物の調査も担当しています。

お客様は個人や団体、市と様々ですが、ご依頼を頂き、一生懸命対応させて頂いている状況です。

今回このような機会を頂いたこともあり、建築士として仕事を頂ける理由を自分なりに考えてみました。

まず、一緒に働いている両親や弟、職人、関係業者の力が大きいと思います。私一人の力では決してありません。

そして、私が「静岡産業大学で経営・経済を学んだ建築士」という点も大きな武器となり、それが他の建築士との差別化とつながっていると思います。

建築士の中には、意匠デザイン系や構造系と自己を分けたがる方がいらっしゃいます。また、建築以外の世界でも、文系・理系といったカテゴリーで分類しようとする方がいらっしゃいます。ただ、私はそのような分け方をあまり好きではありません。

自分が必要だと思う知識・技術であれば、文系卒であろうが、社会に出てから、理系の勉強をできますし、逆も可能だと思っています。また「今はそのような文系・理系といった枠組みにとらわれない自由な発想が求められている」というのが、私の考え方です。

例えば、建築の世界も、今はただ「箱モノを建てればよい」という時代ではなくなりました。建築士にも、マーケティングの知識や経済波及効果の考え方が求められています。「理系だから知らない」とは、もう言えないのです。

考えてみれば、勉強するという行為そのものは、どの分野でも同じです。皆さんも文系・理系という意識にとらわれないで、自由に、自分が必要だと思う勉強を卒業後にスタートさせてよいと思います。もちろん、これまで勉強してきたことをさらに追及・継続してもよいと思います。

大事なのは、「大学を卒業したら、これで勉強しなくてもよい」ということではなく、「これまで以上に、自分がやりたい勉強を自由にできるのだ」と意識することだと思います。

私の場合は、卒業後に必要だと判断し、まずは二級建築士を取得し、その後一級建築士を取得しました。

今、さらっと言いましたが、一級は家族の応援があってのギリギリの合格であったように思います。でも、苦労のかいがあって、静岡産業大学で学んだことの上に、卒業後の努力が上手く積み重なり、結果を得られたと思っています。

実は、私は今も勉強中です。文化財専門の先生方からご指導を頂いています。「仕事をしながら勉強」というのは、今もなお継続中なのです。

何度でも言います。大学を卒業しても、勉強を続けてください。

勉強は積み重ねであり、大学という土台は、皆さんが想像する以上に強固で素晴らしいものです。この土台の上に何を載せるのも皆さんの自由です。

また、社会に出てから学ぶことには、大学時代と違った楽しさがあります。どうか勉強を続け、この静岡産業大学という土台だけで終わらせないで頂きたい。私は皆さんに対し、そう願っています。

次に、せっかくの機会ですので、私の土台部分である静岡産業大学の思い出について、お話ししたいと思います。

私にとって、静岡産業大学とは「ゼミナール活動」です。

私が所属しました牧野ゼミでは、産業連関表や経済波及効果について、牧野好洋先生から2年からご指導を頂きました。

論文を書くための基本や人前で発表する際に心がけることなどを、丁寧に教えて頂き、それらは今も役立っています。特に「経済波及効果」は、私の考え方に多大な影響を与え、物事を深く考えるくせがついたと思っています。

卒業後も何度か、先生にはご相談に乗って頂き、その都度、私は課題をひとりで抱え込まずに済みました。大きな失敗がこれまでになかったのも、先生のおかげです。大学の恩師はとてもありがたく、恩師なくして今の私はありません。

また、大学時代に知り合った友人とは、今でも交流があります。同じゼミで学んだ村上という友人です。

ただ、正直、頻繁に連絡は取り合っていません。年に一度あるかないかです。でも「無沙汰は無事の便り」という言葉があるように、連絡があまりなくても、私は、村上は元気にやっていると思っていますし、村上も私のことをきっとそう思っているはずです。

牧野先生と村上といえば、ソニーでの研究発表でしょうか。当時、先生の紹介で、自身の研究をソニー本社で発表する機会を村上と得たのですが、他の大学生の研究と自分たちの研究のあまりのレベル差にショックを受け、帰りの新幹線では無言になってしまいました。

このままでは終われない。無理を言って、静岡産業大学で卒業研究発表会を実施させて頂きました。大学の皆さまには、関係する先生方への了解をとって頂くなど、お世話になりっぱなしでした。

しかし、そのおかげで、両親にも、大学で学んだことを発表会という場で伝えることができました。今でも、それは良かったなと思います。

みなさんも、卒業後にいろいろな悩みを抱えるかと思います。そのときは大学の恩師や友人に会って話をしてもよいと思います。大学を卒業したら、大学との縁が無くなるわけではありません。どうかそれを忘れないでください。

私も16年前に、皆さんと同じように卒業式を迎えました。そのとき、牧野先生から頂いた言葉を今でも忘れられません。

「卒業したら、馬鹿みたいに一生懸命がむしゃらに真面目に働きなさい」と言われました。

卒業してから今まで、その言葉を守り続けてきたと思っています。馬鹿みたいに一生懸命働いてきました。

一生懸命って何だろう。真面目って何だろう。今でも自問自答することもある深い言葉です。

私は、卒業式のときに、いろいろな不安を抱えていました。卒業し、親からの保護がなくても、一人でやっていけるのかどうか。結婚願望が強かった当時の私は、結婚できるのかな、父親として立派に子供を育てられるのかな、と相手もまだいないのに、不安に思っていたのです。

でも、気がついたら結婚し、子供を授かりました。もちろん、その間に、何もなかったわけではありませんが、先生の言葉通り、一生懸命働いていたら、「案外なんとかなるものだな」と思えました。

最後です。今日、この場にいる皆様の中に、十数年後、卒業式の場で、私のように卒業生に対してスピーチされる方がいることを先輩として期待しています。静岡産業大学という土台の上に、これからいろいろなものを積み重ね、その積み重ねたものをどうか後輩に伝えてあげてください。

これで私のスピーチを終わらせて頂きます。

本日はおめでとうございます。がんばってください。