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栄光なきプロフェッショナル達


准教授 館 俊樹(運動学、トレーニング科学)

 スポーツシーンにおいて、勝利の瞬間というのは、華やかで、格好良く、多くの人に感動や興奮を与え、時としては人生観までも変えてしまうことがあります。私自身、職業柄もありますが、数多くのスポーツシーンに感動を与えられてきました。記憶の新しいところでは、女子サッカー日本代表のW杯決勝は、後半の途中からなぜか正座して、勝負の行方もわからない段階からすでに泣いていたのが記憶にあります。また、1999年フレンチオープン決勝で、一時世界ランキング100位以下まで落ちたアンドレ=アガシ選手が2セットを先取されながらも、逆転優勝をしたときも深夜テレビの前で一人泣いていました。さらに、ロンドン五輪でのフランス戦の後、勝った宮間選手が、泣いている敗れたフランス選手とともにグランドに座り込み、話している写真は米国でも「A moment of true sportsmanship」として紹介されていて、多くの感動をよび、私自身も、勝ち負けを超えたなにかがスポーツにはあると感じさせられました。

 しかし、最も私を感動させ、人生観までにも影響を与えてしまうスポーツシーンは何故か、勝利や栄光の瞬間ではなく、むしろ勝負とは関係ない、もしくは、敗北や切なさ、やりきれなさを垣間見る、栄光なき瞬間なのです。

 バンクーバー五輪では、上村愛子選手が本人も納得の最高の演技を見せた結果、4位になったあと、「何で、こんなに一段一段(4回出場しているオリンピックの順位が7→6→5→4位)なんだろうと思いましたけど……」コメントしたシーンには改めて、スポーツの奥深さを痛感させられました。また、最速153km/hの速球と切れ味鋭いスライダーを誇った伊藤智仁投手が、引退試合を2軍で迎え、度重なる障害のため、100km/h前後の球速で打者3人に対して内野ゴロとファーボール2つで降板した姿には、野球を愛し、野球に打ちのめされ、それでも野球を続けた彼の姿に涙なしではいられませんでした。

 そんな中でも、最も私を感動させ、震えさせたシーンは、バンクーバー五輪女子モーグル決勝で上村愛子選手の滑走直後でした。その年の世界ランキング上位者で当然メダル候補として名を連ねていたカナダのクリスティー=リチャード選手です。地元の大歓声の中、滑走を始めた彼女は、2つあるエアのうちの第1エアを完璧に決め(ジャンプ点は最高点を記録)、中間滑走を始めたところでなんと転倒してしまいます。通常、モーグルでは転倒してしまうと勝負とは関係なくなってしまうので、軽く流しながら競技を終えます。特にこのときのリチャード選手はスキーが外れてしまうほど大きく転倒していたので、私もたいして真剣に見ていませんでした。しかし、彼女はゆっくりとスキーを拾い上げ、入念にスキーをはくと(実際に20秒以上かけています)観客に向かって両手を広げ、「しょうがないよね」とでも言いたそうなポーズをとったあと、おもむろに滑走を開始し、第2エアで当時女子としては、まずみることのできない難易度の技を成功させるのです。彼女がなにを思ったのかは私にはわかりませんが、彼女のプロとしての誇り、競技にたいする気持ちに感動したのを覚えています。

 私はスポーツシーンに教訓はいらないと考えています。スポーツをみて何かを学び取る必要もないと思います。ただ、解説もBGMもシナリオも必要なない感動がスポーツシーンにはたくさんあると思います。それは、優れた音楽や芸術作品と同様に人を興奮させ、感動させ、希望を持たせ、時には優しい気持ちにさえさせてくれます。スポーツに興味がある人も、今までなかった人も、是非、機会をみつけて、数多くのスポーツシーンを楽しんでみてください。そして、気が向いたら、自分を感動させたシーンについて語り合いましょう。