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映画「サウダーヂ」を観て


教授 近藤尚武(貿易論・国際経済学)

 日本人の大半は地方で生活しているにもかかわらず、私たちは地上波のキー局が東京から垂れ流す薄っぺらな情報があたかも日本で起こっていることだと錯覚し、足元で起こっている本当の変化に気づかないという転倒したな認識に陥りがちである。この映画は、そうした東京中心の認識を打ち砕き、バブル崩壊以降、日本の多くの地方都市で起こっているリアリティをわたしたちに気づかせてくれる。

 以前から一度見たいと思っていながらなかなか見ることができなったが、渋谷のユーロスペースで上映中だったのでわざわざこの映画を見るために新幹線に乗って東京まで行った。結論としては、これほど面白い映画を近年見たことがないというのが正直な感想である。会場は満員で3時間立ち見という拷問のような環境であったが、あまりに面白くあっという間に時間が過ぎてしまった。映画が終わった後、観客から拍手が起こった。観客全員が感動し満足をした顔をしていた。何から何まですべてが面白かった。背景、ストーリー、登場人物、音楽、セリフ。多くの映画を観ているわけではないので他の映画と比較することはできないが、わたしにとっては今世紀最高の日本映画であったと断言できる。

 この映画の宣伝文句は、『土方、移民、HIPHOP この街で一体何が起きている?!』である。富田監督の故郷である山梨県の甲府の街が舞台である。内容は非常に多岐にわたっているので、観る人によって見方が変わってくるだろう。わたしもこの映画の全体像を評論家のように説明することはできない。自分の琴線に触れた部分のみ紹介したい。

 何が秀逸かというと、とにかくこの映画のもつリアリズムである。どこにでもあるさびれた地方都市のリアルな風景。駅前のシャッター通り、巨大パチンコ屋、消費者金融、イオン、ドンキ、キャバクラ、古ぼけたスナックの看板、そして外国人労働者、それらが舞台である。そしてそれ以上にリアルなのがそこで暮らしている人々の描写である。この映画では多くの登場人物がでてくるが、誰一人として非現実的な人物像はいない。崩壊寸前の下請け土木業界で土方として働く30代の精司と同じ職場で派遣として働く20代の猛。この二人がこの映画の主役である。彼らの周辺の女たち、ブラジル人労働者、タイ人ホステス、デリヘル経営者、レディス、ヤクザ、どれもが日本の地方都市に実際に存在している人間たちである。この映画のさらにすぐれた点は、かれらの行動や考え方の描写が極めてリアルであるという点だ。立派な人間は一人もいない。タイ人ホステスにのめりこみ無知で愚かな夢を語る精司、マルチ商法を思わせる詐欺商売に手を染める精司の妻、外国人に感情的な反発を抱き、ブラジル人に対し露骨な敵対的態度をとる猛。ラブ&ピースと底が浅い理想論を語るがドラッグの影がつきまとうどこか浮ついた猛の元彼女のマヒル。みな愚かで無知で浅はかでどこか滑稽だ。しかし先が見えない絶望的な経済環境のなかでとにかく仕事をし、遊び、感情を発散しながら生き抜いている。こうしたリアルな人間の描写が、わたしがもっともこの映画に感銘した点である。

 富田監督はこの映画を制作するために1年間地元の甲府の街を取材し、多くの人々に出会い、その成果として「Furusato 2009」というドキュメンタリー映画を制作している。「サウダーヂ」はこのドキュメントをベースにして創作された作品である。配役の多くは、取材の過程で実際に知り合った地元の素人の人たちでもある。リアルなのは当然である。

 しかしリアルであるがゆえに結論は空しい。解決策など何も見えず、どうしようもない閉塞感のなか、登場人物たちはドラッグにはまり、理不尽な暴力に走る。精司が人っ子一人いない寂れ切った商店街を一人歩いていると、まだ活気のあったころの商店街のお祭りの光景が幻影として登場する。目立ちたがり屋の暴走族が街に繰り出し、少女たちが浴衣を着て散策している。何とも物悲しいシーンである。この映画のタイトル「サウダーヂ」とは、ポルトガル語で郷愁、情景、憧れ。そして、追い求めても叶わぬもの、といったなかなか説明しづらい言葉だそうだが、わたしはこのお祭りの回想シーンに「サウダーヂ」という表現の真意を見たような気がする。映画の前半は延々とドキュメント風のリアルな光景を見せられるが、後半になるとだんだん幻想の世界に入っていくようである。何かサイケデリックな世界に入り込んでいくような感覚におちいる。

 このように紹介するとこの映画は深刻極まりない暗い内容ばかりが展開していくのではないかと思う人もいるかもしれないが、実際にはこの映画のそれぞれのシーンは大変ユーモアに富んでおり観客を笑わせる。テンポも良く、多くの魅力ある人物が登場し、話は飽きずに軽快に進んでいく。また流れる音楽が非常に良い。猛率いるHIPHOPグループ「アーミービレッジ」とブラジル人のHIPHOPグループ「スモールパーク」の緊張感ある対決は観客をワクワクさせる。

 本当はここから、この映画の主要テーマの一つである外国人移民の問題、さらには中央と地方の問題、日本経済とグローバリズムの問題について語ろうと思ったけど、それはあまりにも重すぎるテーマなのでここでは勘弁してください。

 ともかくこの映画、お勧めです。日本のどこかで上映していると思いますので、行けそうなところなら交通費払って観ても絶対に損はしません。もし観た人がいたら僕のところに来て感想を聞かせてください。