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2017/03/16

平成28年度卒業式 学長式辞

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  本日ここに、関係各位のご臨席のもと、平成28年度静岡産業大学卒業式が盛大に挙行されますことは、私の大きな喜びであります。
  ただいま、416名の方々に学位記を授与いたしました。
  卒業生諸君には、静岡産業大学を代表して、心からのお祝いを申し上げます。この中には20名の留学生が含まれています。遠い母国を離れ、日本語と格闘しながら立派に研鑽を積まれたことに敬意を表したいと思います。

  平成28年度卒業式_学長式辞.jpgそして、本日はここに、今日までの長い間にわたって皆さんの勉学を支えてこられ、この日を心より待ちわびておられたご家族・保護者の方々にも多数ご列席頂いております。その皆様方のお喜びもいかばかりかとお察しし、祝意を申し上げる次第です。おめでとうございます。卒業生の皆さんは、今日の日を、そのような多くの人々に支えられて迎えることができたことに感謝し、本日の卒業の喜びをどうぞ分かち合ってください。
  今、私が使っているPCには、私が教えたゼミ生の卒業式当日の様子を記録した動画がたくさん保存されています。毎年、ゼミ長がゼミ卒業生の喜びと感謝の言葉をスマホで動画撮影して、私に贈ってくれていたものです。今ではそれが、私の貴重な宝物となっております。

  さて、こうしてスーツや晴れ着を着た卒業生の明るい顔を見ますと、入学式や最初の授業の時のおどおどした新入生の顔から、ずいぶん落ち着いた大人の顔になってきたな、とつくづく思います。君たち自身はどうですか? 4年前の新入生の頃の自分と比較して、今の自分はどのように変わっているでしょうか? 大化けボタンのスイッチはオンされたでしょうか? そしてその明かりは、皆さんがこれから歩もうとしている道をどのように照らしてくれているでしょうか?

  卒業式の当日に卒業生に感想を聞いてみると、もちろん、皆、口々に感謝の気持ちを表明し、そこに大きな喜びが感じられるのですが、それでも、多くの諸君が口にすることの一つに、将来への漠然とした不安があります。今の自分の状況で就職後、ちゃんとやっていけるのだろうか、ということであります。49年前の1968年に、私も大学の卒業式を迎えました。がしかし、式の当日、大学紛争が勃発して卒業式が流れてしまい、騒然とした雰囲気の中、古びた教室で卒業証書だけを受け取るということになりました。その時に私が感じていたのも、定かには覚えてはいないのですが、漠然とした不安のようなものだったことを思い起こします。それは、会社という未知の世界で自分は果たしてやっていけるのだろうかという不安であったと思います。しかし、その中で、これも漠然としてはいましたが、その頃盛んになりつつあったコンピュータ技術の、経営への応用をやってみたいという夢を持っていました。大学に入学したときにはコンピュータのコの字も知らなかったのですから、それは大学の勉学の中で見つけた夢でした。その後、この夢はいろいろ変貌を遂げながら、今に至っています。携わる仕事の内容や研究テーマは、その都度変わりましたが、夢の基本は現在も変わっていません。
  皆さんも、卒業して社会へ出て自分はどの程度やれるだろうかという漠然とした不安と、将来に対する夢や希望が複雑に胸中に沸き起こっているのではないでしょうか。今後、皆さんが道に迷いそうになった時に、皆さんに思い起こしていただきたいのは、卒業の時、つまり今、皆さんが抱いている希望や夢です。それを大事にして、常にそれを思い起こして努力していけば、漠然とした不安は何歳になってもあるものですが、きっとその時その時でそのような不安は克服できるものと信じています。そして、今の夢や希望をぜひ実現させて、何年か、あるいは何十年か経ってから、「あいつ大化けしたな」と言われるようになってください。今日は、この後、大化けをした一人、静岡産業大学の第3回卒業生の伊藤貴広(たかひろ)君が、皆さんに特別講演をしてくださいます。伊藤君は経営学部を卒業し、現在、一級建築士として建築事務所を経営しています。経営や経済がわかる建築士として地域から期待されている人です。皆さんと等身大の話が聞けると思いますので、期待していて下さい。

  ところで、皆さんは大学という高等教育を修了したことになりますが、静岡産業大学では、実学を理念とした高等教育を行っています。卒業するにあたって、皆さんはこの実学というものをどのようにとらえたでしょうか? 福沢諭吉は、有名な『学問のすすめ』初編の中で、人が学問をするのは、むつかしい仕事をすることができるようになるためである。むつかしい仕事ができれば、人の上に立ち、富を得ることもできる、というようなことを言っています。むつかしい仕事とは心を使い心配りをする仕事、例えば、医者、研究者、役人、また大きな商売をする人、経営者など大勢の人を使うような仕事をする人だと言っています。そして、むつかしい仕事ができるようになるために学ぶ学問とは、まずは日常の用事を行うために必要な実学なり、と言っているのです。福沢はこの実学について、「いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合の仕方、算盤の稽古、天秤の取り扱いなどを心得、なおまた進んで学ぶことは多い」と述べています。これは現代に当てはめれば、「文章がきちんと書け、メールやプレゼンテーションなど、コミュニケーションをきちんと行うことができ、帳合とは帳簿ですから簿記や会計のやり方がちゃんと分かり、計算ができ、パソコンの使い方がわかっていて基本的なソフトが使える」というようなことになるでしょう。
  皆さんは、今ここであげた日常の用事に必要な実学、いわば基礎的な実学をきちんと習得しましたか?
  きちんと習得したとして、その上で福沢は実学としてさらに上位の実学を挙げているのです。福沢は、『地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土道案内なり、究理学とは天地万物の性質を見てその働きを知るなり、歴史とは年代記の詳しきものにて万古固有の有様を詮索する書物なり、経済学とは一身一家の世帯より天下の世帯を説きたるものなり、修身学とは身の行いを修め人に交わりこの世を渡るべき天然の道理を述べたるものなり』と言っております。
  私なりに言い換えれば、「地域、我が国、世界、すなわちローカルな世界とグローバルな世界の動向をきちんと捉えることができる、自然科学にも興味を持って防災や技術革新などの動きをきちんと理解することができる、歴史に興味を持ち歴史に学ぶことができる、ミクロ経済学、マクロ経済学の理屈できちんと経済を考えることができる、そして自身をコントロールし、自分を律する知恵を持っている」というようなことだと思います。

  今日卒業する皆さんも、静岡産業大学が皆さんのために提供してきたこのような幅広い実学、すなわち日常の用事に必要な基礎的な実学とその上にある生きるために必要な、いわば教養的な実学を、講義の中で、ゼミの中で、あるいは冠講座や特別演習、インターンシップの中で大いに学んできたことと思います。専門コースで習った先端的な専門知識は、時代が経てば新しい知識へと発展していきますが、基礎的な実学とその上にある教養的な実学は、これから時代や社会環境が大きく変化したとしても、皆さんが自分の頭でものを考えていくことができるための基本となるものです。
  皆さんが卒業した後の社会は、どうやら安定的な社会ではなさそうです。アメリカでトランプ大統領が新しいリーダーとなったように、世界の潮流が激しく変わりそうですし、現在は、ICTをはじめとする技術がより一層進化して、大きな転換点にあると見られてもいます。そうしたことから皆さんの前には多くの課題が待ち受けています。その時こそ、静岡産業大学で学んだ実学精神を発揮して、しなやかな発想で果敢に課題にチャレンジして欲しいと思います。皆さんが卒業後に示す仕事ぶりやふるまいが、静岡産業大学OB・OGとして企業から注目され、それが本学のレガシーとなり、皆さん一人ひとりがレジェンドとして、後輩達につながるようになってくれれば大変嬉しいことです。これからの皆さんのご活躍を私は切に祈ります。そして、そのために今日皆さんが持っている希望や夢、目標を持ち続け、たゆまず勉学を続けていってくれることを切に願っています。

  最後に、皆さんにもう一度エールを送りたいと思います。
  経営学部卒業生243名、情報学部卒業生173名、卒業おめでとう。

  平成29年3月14日
  静岡産業大学 学長 鷲崎早雄