広島自慢

 



川が多い 

 広島市は三角州の町で、7つの川の町と呼ばれていました。洪水対策として、2つを

合体させて大きな川としたため、現在は6つの川となっています。小学校にプールがで

きるまで、この川で泳いで育ちました。この川には潮の干満があり、干潟ができるとそ

こで砂遊びをしたり、シジミを掘ったりしたものです。サカナ(ハゼ、フナ、ハヤ、ウ

グイなど)も良く釣れました。川下に行けば、海の魚も釣れます。橋の上からフグを釣

ったこともあります。貸ボートもあります。川はなによりの公園であり、広島市民の原

点なのです。原爆が落ちた時、人々は川に殺到しました。美しい7つの川が、被爆死体

の山となったそうです。こんな究極の場面で、「川に行けばなんとかなる」と思ったの

でしょう。最近は、生活汚水による汚染がひどく、川の中にはとても入れません。川辺

の公園や緑地帯で、憩うことくらいしかできないようで、とても残念です。



平和記念都市である


 世界で最初に原爆を投下された町であることは、皆さんも良くご存じと思います。2

度とこのようなことがないように、平和記念都市宣言をしました。世界のどこかで核実

験があるたびに、広島市長は抗議電報を打ち、平和公園の慰霊碑の前では人々が座りこ

みをします。これが、今まで何度となく繰り返されているのです。



道路が広い

 広島市の道路はとても良く整備されています。道幅が100mもある通称100m道路を

はじめとして、どの道路も道幅が広いのです。片側3車線4車線はざらです。これは、

原爆で焼け野原となったために、思いきった道路行政ができたためなのです。したがっ

て、比治山という丘の陰であったために、幸運にも焼け野原とならなかった地区は、い

つまでも狭くてごちゃごちゃした道が残っていました。それにしても、静岡の道路行政

の立後れは目に余りますね。


カープがいる

 御存知広島東洋カープの本拠地です。実家の近所には大野投手が住んでいますし、長

内(元)選手の奥さんは近所の八百屋の娘です。長内(元)選手が出場する時は、八百

屋のオッサンが大騒ぎだったそうです。三村監督のマンションの近所に住んでいて、部

屋を見に行った(もちろん外から)こともあります。

 このカープ、長い間弱小貧乏球団でした。経営難から、つぶれそうな危機に何度も合

いましたが、そのたびに市民による資金カンパで救われたのです。この点が、西武(所

沢)に身売りをする時、実質的な行動を何もとらなかった旧ライオンズ(福岡)と、本

質的に異なっています。残念ながら、最近は広島市民の球場離れが顕著です。勝ってい

てもなかなか観客が集りません。広島市も人口100万を超え、広島原住民以外の人が大

量に流入している現状では、カープに対する愛着も薄れてしまうのでしょう。私が小中

学生の頃、広島市は40万都市でした。今の静岡市くらいですね。これくらいが最も住み

やすいし、愛着もわく都市の規模だと思います。


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