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ホーム >  応用心理学研究センター >  通信44 記憶の正しさとあいまいさ

通信44 記憶の正しさとあいまいさ


静岡産業大学経営学部助教 日隈 美代子
E-mail: m-higuma@ssu.ac.jp
URL: https://www.ssu.ac.jp/faculty/teacher/iwata/#m-higuma
 自己紹介で、「認知心理学、主に記憶についての研究をしています」というと、「記憶力いいんですか?どうしたら記憶力がよくなりますか?」と聞かれることがあります。でも、私の記憶力はまったくへっぽこで、英単語なんかさっぱり覚えられず、人の名前と顔もなかなか一致せず(学生のみなさんごめんなさい……)、何度聞いても書類の書き方を失敗し……と、日々残念なことばかりしでかしています。自信を持って「絶対、〇〇だよ!」と力説したものの、後で調べてみたら思いっきり間違っていたということも、ちょくちょくやらかしています。

 記憶するというのは、情報を取り込み(記銘・符号化)、必要な時まで保存(貯蔵・保持)し、必要になったら取り出す(検索・想起)という流れのことを指します。記憶したことを思い出せなくなることは、忘却といいます。
情報を取り込んだり、保存したり、取り出したり、といった流れなら、人間の記憶は例えばコンピュータにデータを書き込んだり、取り出したりといったことと同じように思われるかもしれません。しかし、人間の記憶システムは様々な要因が影響するため、単なる記憶装置のようにはいかないのです。センター通信43(https://www.ssu.ac.jp/applied-psychology/38-53283-30541-90506-77269-25751/)やセンター通信36(https://www.ssu.ac.jp/applied-psychology/161109/)で述べられている文脈依存効果は、人間の記憶が単純な記憶装置ではないことを示す良い例の一つだといえます。

 このように人間の記憶システムが単純ではなく複雑であることで、記憶そのものがあいまいになるため、日常場面において困ったことも引き起こされます。例えば、実際の記憶がいつの間にか嘘の記憶にすり替わったり、偽の記憶が作られてしまったり、ということがしばしばおこります。最初に述べた私の残念な状況ぐらいなら、頭をかきかきあたふたすればいいのですが、これがもっとシリアスな場面では、取り返しがつかないことになりかねません。
もし、事件や事故の目撃者証言が実は偽りの記憶だったら、冤罪を引き起こし、善良なる人の一生をめちゃくちゃにしてしまうかもしれないのです。目撃者証言のような場合には、それが正しいのか、正しくないのかについては、映像などが残っていない限り証明ができません。
では、目撃者証言は、証拠として利用できないのでしょうか。

 記憶実験の種類の一つに、再認判断実験というものがあります。再認判断実験は学習セッションとテストセッションという2つのセッションからなります。学習セッションでは、いくつかの項目(例えば単語とか顔写真など)を覚えてもらいます。この学習した項目のことを、旧項目といいます。その後、テストセッションでは旧項目に学習していない新たな項目(新項目)を加え、実験参加者に提示します。実験参加者は、提示された項目が覚えた中に「あった」か「なかった」か(旧項目か新項目か)を判断し答えます。
 この再認判断実験を使って、「思い出したことがどの程度正確なのか」について実験を行いました[1]。どのようにするのかというと、再認判断時に、自分の答えに対してどの程度自信があるか、確信の強さも一緒に答えてもらったのです。すると、面白い結果が出ました。
 旧項目の正答率と確信の強さの関係は、予想通り、確信が高ければ正答率も高く、確信が低ければ正答率は低くなります(図1の青いグラフ線)。しかし、新項目は、確信度が高くても低くても、正答率は同程度、もしくはバラバラになったのです(図1の赤と緑のグラフ線)。

図1 確信度評定ごとの再認正答率

 同様の結果はWagenaar(1988)[2]の研究をはじめとして、いくつか報告されるようになってきました。日本での研究としては、高橋(1998) [3]や、石崎・仲・有冨(2007)[4]などがあげられます。これらの結果から、「見たり聞いたりした、学習した」ことについては、偽りの記憶が多少は混ざっているものの、確信の強さがある程度の正確さの指標として機能している、といえます。しかし、「見たり聞いたりしていない、学習していない」ことについては、確信の強さは正確さを表す指標にはなりえていない、といえます。なので、目撃者証言も条件さえクリアすればある程度証拠として利用できる、と考えられますが、さらに検証をしていく必要があります。

 記憶の特性である「あいまいさ」は、困った部分でもあるのですが、そのあいまいさがあるからこそ、人間の心の強さを保つこともできるのです。つらいこと、困ったこと、嫌なことをずっと覚えていてたびたび思いだしていれば、心はすぐに傷つき、壊れてしまうでしょう。忘れることや記憶がすり替わることは決して悪いことばかりではなく、心のありようとして、とても大切なことなのです。
とはいえ、日常において、物忘れや記憶間違いを減らすこともまた、落ち込んだり叱られたりしなくて済むという点で、心の健康を保つためには大切だとは思います。


【文献】
[1] 日隈美代子・漁田武雄. (2015). 再認の正確さと確信度評定の関連性の主観的および名義的新旧反応率による分析 認知心理学研究, 13, 1-11.
[2] Wagenaar, W. A. (1988). Calibration and the effects of knowledge and reconstruction in retrieval from memory. Cognition, 28, 277-296.
[3] 高橋晃 (1998). 再認の正答率と確信度評定の関連について 心理学研究, 69, 9-14.
[4] 石崎千景・仲真紀子・有冨美代子 (2007). 文脈情報の想起および言語化が顔の記憶の正確さと確信度の関係に及ぼす影響 心理学研究, 78, 63-69.